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ビー玉×コスモス

 術衣に身を包んだユイはいつも通り笑っていた。暖かく柔らかく。

 アマネはどんな表情が相応しいのかまるでわからないでいた。車椅子のホイールは初めて座った日と同じくらい固く、重く感じた。

「初めてラボに行く前の日までは、こんな俺でも、生物チームではチームのリーダーだったんだよ」

 ユイはメルトアップ用のベッドに腰をかけ、足を前後にパタパタさせた。

「前の日までだぜ。俺にしてみたらクビにされたみたいな気持ちだったんだ。本当は」

 ユイは青白いライトが光る天井を見上げた。

「あくまでもサブチームだったけど、それでも必要な部署だって思ってた。

 ーー引っ張っていた自負もあったから、めちゃくちゃ悔しかった」

 アマネは、ユイがラボに来た日のことを思い出していた。ラボに似つかわしくないパーカーとスニーカー。

「でもさ。ラボでシミュレーションの地球を見た時に、そんな悔しさ一気に吹き飛んでたんだ。

 なんなんだよこの馬鹿みたいにぶっ飛んだシミュレーションはってさ」

 天井を見上げたユイの顔はくしゃっとくずれ、小さく笑いを吹き出してた。

「ずかずかと現れたと思ったら、すぐに私のことを″ちゃん″付けで呼んできたわね。

 ユイは気がついてなかったかも知れないけど、苦手なタイプだなって思ってた」

 アマネの言葉を聞いてユイは吹き出すように笑った。

「ーー何言ってるんだよ。びっくりするくらいあからさまに嫌だなって顔に書いてたぜ。

 もしあそこでアマネさんなんて言っちゃったら壁が立ち上がっておしまいだったと思う」

 ユイはなつかしいなあとこぼしながらニコニコと笑っている。

 アマネもあの日のことを思い出しながら、少しずつ強張っていた身体がほぐれてきているのを感じていた。

「アマネちゃんは初日からそんな感じだったのに、俺が困ったり、助けを求めると、やれやれってちゃんと助けてくれてさーー」

 ユイは話しながらベッドの脇にある端末を時折操作した。

「初めてアマネちゃんの地球を見た時に感じたワクワクは間違いじゃなかったんだって。一緒に何かするたびに心強くて、まるで無敵になったみたいだった」

 嬉しそうに話すユイと目が会うたびにアマネはうんうんと頷いた。

 ユイは足のパタパタを止め、代わりに首元にぶら下げたビー玉を確かめるように指先で転がした。


「私も、同じように感じてた」

 アマネがそう言うと、ユイは髪の毛をくしゃくしゃとかきあげ、へへへと溢した。

 アマネは車椅子をくるりと回転させると、ハンドルをユイに向け話し始める。

「私は、車椅子のこの形が大嫌いだった。誰かに助けてもらうことが前提のこの形が。

 ーーひとりでは生きていけないと、誰かに断罪されているみたいで」

 アマネは、再度車椅子を回転させユイに向き合った。

「でも、今は違う。

 背中を押してくれたお父さん。横を歩いてくれていたお母さん。先に行ったセナやナツキちゃん達。そして、今ここにいるユイ」

 アマネは話しながら拳を、膝の上で強く握りしめた。

「この車椅子は、私のためだけにあるんじゃない。

 誰かと一緒に歩めるように、寄り添えるようにーーその為にあるんだって、そんなふうに思える私に、みんなが、ユイが変えてくれた」

 ユイは唇を噛んで真っ直ぐにアマネの目を見た。

「そんなふうに思ってくれてるなんて思わなかった。俺がアマネちゃんに少しでも影響を与えているだなんてなんだか不思議だし、誇らしい」

 ユイはそう言って腕を組んでから、えっへんと胸を張った。

「ううん。私は、いつからか、私だけが受け取ってると感じていた。だから」

 アマネはそう言うと、上着のポケットからハンカチを取り出し、中に折りたたんだいたものを取り出した。

「こんなもの何の意味もないと思う。私の自己満足でしかないのかもしれないけれど」

 アマネは小さな瓶をユイに手渡した。

「……ほんの少しだけど。コスモスの種」

 ユイは手のひらに包むように乗せた小さな小瓶を見つめた。

「真空にしてる。永遠とまでは言えないけど。出来るだけ長くと思って。

 ーー小さいけれど、私の世界だから。ユイに持っていて欲しい」

 ユイは小瓶を耳元で一度サラサラと振ってから、首に掛けていたビー玉のネックレスを外し、手渡したその小瓶をビー玉の横に並ぶように器用に結んだ。

「コスモスか。アマネちゃんそのものって感じだ。嬉しい」

 ユイは二つの世界が並んだネックレスを首にぶら下げ直し、嬉しそうにニカっと笑ったかと思うと、ユイの顔中を大粒の雫が覆った。


「……ごめん。……ごめんなさい」


 ユイは鼻を啜りながら、必死に声を絞り出しているようだった。

「泣かないって決めてたのに……」

 ユイは肩を大きく震わせ、呼吸がどんどんと浅くなっていった。アマネはそれを抑えるようにユイの手を強く握った。

 それでも、ユイはしゃくりあげるように肩を振るわせ、ポロポロと大粒の涙をこぼし続けた。

「本当なら……本当は……

 どんなに損なわれたとしても、アマネちゃんのそばにギリギリまで……」

 ユイはごめんねと小さく繰り返し、視線を落としたまま肩を震わせた。

「……自分が自分じゃなくなっていくのあの感覚。毎日、知らない自分からゆっくり昨日までの自分に追いついていく感覚」

 ユイは肩を震わせたまま、大きく息を吸いゆっくりと深く吐きだした。

 握った手の上に、ポタポタと雨のように雫が落ちる。

「……もう二度と昨日に追いつけないんじゃないかって怖くて怖くて仕方なかった。そんな俺を晒したくなかった」

 ユイの心拍に反応してメディカルアラートが小さく鳴った。

「……違う……違うんだよ……そんな綺麗な理由じゃない……」

 ユイは気持ちを確かめるように一度言葉を止めた。

「ーー自分がまた損なわれていくのが怖かったんだ」

 はっきりとそう言ってから、ユイは手を解こうとしたが、アマネはそれを握り返すようにして止めた。

「……大丈夫。大丈夫だよユイ」

 ユイは黙ったまま、静かに深呼吸を続けると、小さくなっていたアラートはすっと鳴り止んだ。

「ユイが教えてくれたから。繋がれなくても面会で気持ちを通じ合わせることができる。みんな私のそばにいてくれてる」

 アマネは言いながら目頭が熱くなるのを堪え、ユイに笑って見せた。

「出来るだけたくさん会いに来る。ユイが私のことを忘れないように」

 ユイは鼻を啜り、顔を上げた。

「忘れる訳ないだろ。アマネちゃんとの戦いは俺のハイライトだよ」

 ユイは大きな声でそう言うと、ベッド脇にある端末に一瞬だけ視線を向けた。

「本当はエヌリスを退治した、その先の未来を見たかった。

 でも、アマネちゃんと歩めたことそのものが俺にとって最も意味があったと思う」

 ユイは片方の手を解くと、ネックレスに手を伸ばし、ビー玉とコスモスの瓶を丁寧に確かめるように触れた。

「……もう始めなきゃダメみたいだ」

 ユイが視線で示した端末にはメルトアップ実行の指示が点滅していた。

 アマネは握っていたユイの手を解き、膝の上で強くギュッと結んだ。

 ユイはベッドにぶら下げた足を上げ、ヘッドレストに頭を乗せた。

「あのさ……」

 ユイは言葉を探すように黙り込んだ。

 アマネは黙ってユイの言葉を待つ。

「……いや、違うな」

 ユイは小さくそう言ってから、うんと頷いて、また口を開いた。

「ーーアマネちゃん。たくさんありがとう。

 ちょっと、行ってくるよ」

 アマネはユイと同じように一度うんと頷いた。

 それから精一杯明るい声を出して言った。

「いってらっしゃい」


 カプセルがゆっくりと閉じる中、ユイは顔いっぱいに笑顔を作ったが、次第に柔らかい表情に変わっていった。

 施術室の青白い光は光芒のようにユイのベッドを照らした。

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