友達×出発
「2人のおかげでお父さんすごく良くなったんだよ。ユイも元気になったんでしょ」
ナツキの跳ねるような声が部屋に響く。
ユイは顔いっぱいに笑顔を作り、そうなんだぜと返した。
「さすがアマネちゃんだ」
ナツキは飛び跳ねながらアマネの腕に掴まると顔を綻ばせた。
アマネは唇を強く結んだまま、ナツキに笑顔を返した。
「ナツキ。あんまり2人を困らせたらダメだよ」
部屋の奥からキダの声が届いた。
キダはアマネと目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げた。アマネはそれを振り解くようにゆっくりと首を振り、キダに柔らかく笑って見せた。
キダは小さく頷いてから、手元に視線を落とし、オートメーション化されたメルトアップ承諾の手続きを続けた。
施術室には無機質で機械的な作りのベッドが二台並んでいる。永遠に近い時間を預ける為の方舟。
ナツキはアマネの元を離れユイと戯れあっていた。
「向こうでは人を探したりできるのかな」
「俺のかっこいい友達が″想像力の世界″だって言ってたぜ」
「ユイにも友達がいるんだね」
二人はそう言って手を取り合って笑っていた。
アマネはナツキの手首に細い糸のようなものが巻き付けられていることに気がついた。
目でそれを追っているとナツキが自然に気がついて再びアマネに駆け寄ってくる。
「これいいでしょ」
ナツキはそう言って手首につけているものを見せてきた。
「友達と一緒に作ってね。みんなでつけてるの」
「いいね。みんなでお揃いなんだね」
近くで見るそれは、毛糸のようなもので編み込んだ赤や黄色が織り混ざるカラフルなブレスレットだった。
「そうなの。友達のしるしなんだ」
ナツキはそう言ってから突然アマネから目を逸らした。それから一瞬だけ俯き、キダの方に駆け寄り何かひそひそと話しかけた。
「不思議だね。全然お別れって感じがしない」
声に振り返り、後ろを見上げるとユイは車椅子のハンドルに手を添えてアマネと同じようにナツキたちを見つめていた。
「そうね。セナもなんでもないって顔で進んでいったけれど、それとは少し違う」
キダは何かをナツキに伝え、そのまま彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
笑顔で振り返ったナツキは二人の視線に気がつき、またアマネの元に駆け寄った。
横に立ったナツキは車椅子のアームに掴まる。
「……ちょっと女の子同士の話があるから、ユイはあっち行ってて」
ユイは「そんなこと言うなよ」と不貞腐ながらも、さっとその場所を空けるように軽やかにキダの方へ向かった。
ユイがキダと会話を始めたのを見届けてからナツキは口を開いた。
「あのね。これかわいいでしょ」
そう言ってから腕を少し持ち上げ、先ほどのブレスレットを示した。
「うん。すごくかわいい。素敵だなって思ってるよ」
ナツキは顔を綻ばせてから、そのブレスレットを隠すように手をぱっと後ろ手に結んだ。
「……これはね。友達の印なんだけど、アマネちゃんは私の友達になってくれる」
そう溢すと、真剣な顔でアマネの目を見つめ、すぐに俯いた。
アマネはナツキの正面に向き合うように車椅子を少しだけ回転させ、両手を膝の上に置き、ナツキの目を見つめた。
「初めてここで会った日のことを昨日のように覚えてる」
ナツキは「私も」と小さく返し頷いた。
「ーーあの日、私はナツキちゃんを見て、どこか懐かしいような気持ちになっていた」
アマネはそう言ってから、ゆっくりと車椅子を90度回転させた。
「私が車椅子を使うようになったのは、ちょうどナツキちゃんと同じくらいの歳の時だったの」
話しながらアマネは車椅子のアームをポンポンと手で触ってみせた。
「ーー昔の私は平気なふりをしてた。
……誰にも言ったことはないけれど、本当は変わってしまった色々が、不安で不安で仕方がなかった。
私はもうどこにも辿り着けないんじゃないかって」
ナツキはアマネの話を聞きながら自分の手を車椅子のアームに乗せるようにそっと添えた。
「でもナツキちゃんはそんな不安なんか全部吹き飛ばしちゃうくらい明るくて、いつも力強かった」
アマネは膝の上に乗せた自分の両手を見つめた。
「私は、ナツキちゃんみたいになりたかった。
ーー逆に私からお願いしたい。私のお友達になってください」
ナツキは顔を綻ばせてからすぐに口を開いた。
「アマネちゃん。手を出してちょうだい」
そう言いながら待てないとでも言うように、ナツキはすっとアマネの手を引いた。
そうしてナツキは手のひらから小さく編み込まれた毛糸のブレスレットを取り出し、アマネの腕にそれをきゅっと結んだ。
「ーーお揃いだよ。友達の印」
ナツキは自分のブレスレットを合わせるようにアマネの手首に結んだブレスレットにトントンと当てた。
「……ありがとう。これで私たちは完璧なお友達だね」
アマネは腕を持ち上げてブレスレットを見つめた。
丁寧に編み込まれた赤や黄色が、光を柔らかく受け止めていた。
「アマネちゃんがナイショの話してくれたから、私も友達として特別に少しだけナイショの話を教えてあげる」
ナツキは少し体を寄せて、ほんの少しだけ声を小さくした。
「本当はね、少しだけメルトアップをするのは怖いって思ってる。
……でもね、お母さんが一人のままだと寂しいと思うし、早く会いたいなってワクワクもしてる」
ナツキはそう言ってアマネの手をぎゅっと強く握った。アマネはそれに応えるように手を握り返した。小さく儚げなその手は、思いのほか温かかった。
それから、内緒話を終えるように、また元の距離に体を戻した。
「ーーアマネちゃんもメルトアップしたら私のこと探してね。お友達なんだから」
アマネはそれには答えずに、深く大きく頷いてから腕のブレスレットを見せるように振った。
ナツキは嬉しそうに手続きを終えているキダの元に向かった。
替わるように、ユイが話が終わったのを察してゆっくりとこちらに戻った。
「ーーもうそろそろだってさ。
キダさんも結構リラックスしてる」
部屋の奥でナツキがブレスレットをキダに見せ、キダは笑顔でナツキの頭をくしゃくしゃと撫でた。
それから、キダとナツキはアマネたちのそばに歩み寄った。
「もう決めようかと思います。お忙しいのに私たちのためにありがとうございました」
そう言ってから、キダは腰を下ろしてナツキをぎゅっと抱きしめた。抱きしめた手は、ナツキの背中をポンポンと愛でるようにゆっくりと撫でた。
僅かな抱擁のあと、ナツキは照れ隠しをするように「もういいよ」と言ってキダを引き剥がした。
そのまま二人は施術用のベッドに横になり、メルトアップ用の小型のヘッドセットを取り付けた。
「お父さんと二人で話して決めたんだけど、掛け声をかけて一緒に始めることにしてるんだ」
ナツキはそう言ってキダに目を向けると、キダは朗らかに頷いた。
「ユイもアマネちゃんもまたね」
ユイはナツキにむかって手を振った。
アマネは小さく呼吸を整えた。
「行ってらっしゃい」
短くそう伝えると。
施術室にナツキとキダの声が響いた。
「いっせーのーで」




