決意×決断
アマネは立ち上がったキダに「お話を聞かせてください」と告げると、少し後ろに下がりわずかに震える手を小さく握った。
キダは一度全体に小さく一礼をして話し始めた。
「治験結果の報告及び共有ありがとうございました。
……結果については非常に残念に思う気持ちは当然あります」
抑揚の少ない声でそう告げると、治験協力者たちの間でわずかに目配せがあった。
「ーーですが、同時に感謝の気持ちも大変強く感じています。
定期的な検査を重ねる中で、私たち協力者の間に小さなコミュニティができておりました」
アマネは少し驚いてユイに目を向けると、ユイは目を合わせ何度か頷いた。
「共有したサーバーで体調について話したりする程度でしたが、全員が不安を感じる中、それぞれのわずかな兆候に一喜一憂することで、互いの不安を和らげあっていました」
何人かが同時に検査することはあっても、全員が顔を合わせるような事はほとんどないはずだったので、おそらくユイが積極的に繋げたのだろうとアマネは考えていた。
「自然と前向きな未来の話ばかりになる瞬間がありました。生きていてほとんど経験のないような時間です」
キダの声は少しずつ明るい様子を帯び始めていた。
「先日、久しぶりに娘と一緒に妻の面会に行く事ができました。
おかげで、何ヶ月かぶりに家族3人で過ごせました」
そう言って嬉しそうに笑うキダからアマネは目を逸らさずに向かい合った。
「……わずかだったかもしれませんが、この世界で私たちに、たった10人だけに、後悔をやり直す時間が与えられたんです」
協力者たちは互いに小さく頷き、微笑むような柔らかい表情をみせていた。
「家族に手料理を振る舞った方、一緒にかけっこをした方、その幸せの規模は小さなものばかりですが、言葉では言い表せないほどのかけがえのない時間です」
そこまで話し終えると、協力者たちは再度目配せをして頷き合った。
「お二人がここに来る前に話し合ってました。
結果がどうであろうと、それを受け入れ、感謝を伝えようと」
アマネは協力者たち全員とゆっくり目を合わせるようにそれぞれに顔を向け見回した。どの顔にも後悔の色は無く、どこか穏やかな様子だった。
「誰も望んでいなかった結果なのかもしれませんが、私たちがいただいた時間はそれを差し引いても言葉だけでは感謝し尽くせないものです。
本当にありがとうございました」
キダがそう言って深く頭を下げると、協力者たちも同じように頭を下げた。そして、それぞれが静かに小さく拍手を始めた。
アマネは強く握りしめた手を解けずにいた。横を見ると、ユイは鼻を啜り目元を手で拭いながら「ごめんなさい」と小さく溢していた。
キダはゆっくりと頭を上げてからアマネと目を合わせると、再度小さく会釈をして椅子に座り込んだ。
アマネは自分自身を鎮めるように一度静かに息を吸ってから、震えそうになる声を隠すように大きな声で「ありがとうございました」と言って全員に深々と頭を下げた。
協力者たちは散り散りに立ち上がり、各々が二人に感謝の言葉を短く伝え、そのまま穏やかに部屋を後にした。
二人だけになると、アマネはユイのそばに寄った。
「何もかも本当にありがとう。
私一人だったらきっと全員を傷つけるだけになってしまっていたと思う」
ユイは鼻を啜りながら泣き続けていた。
「違うんだ、俺はそんなこと言ってもらう資格なんかない。本当にクソ野郎だ」
目を真っ赤にしたままのユイは今にも崩れ落ちてしまうのではないかとアマネは感じた。
「俺の罪を俺は許せないし、多分一生許さない」
ユイはそう言って立ち上がると一言「ごめん」と言って部屋を後にした。
アマネは呆然と誰もいなくなった部屋を見つめ、ユイや研究チーム、協力者たちの事を考えた。
彼らの覚悟を引き受けるたびに、自分だけが希望に縋り、ひとり取り残されている事を突きつけられた。
それぞれの決意を追うようにアマネも部屋を後にした。
そのままゆっくりと車椅子を滑らせ、ケアセンターを抜け研究室の責任者用のコントロールルームを目指した。
アマネたちのラボがある階層の一つ上にあるその部屋には、壁一面を占めるモニターと、AI接続用のポートやコントロール端末が配置されていた。
アマネは部屋に着くとすぐに端末を操作して、ある画面を見つめ続けた。
夜がこんなに孤独だなんて感じたことは今までにほとんどなかった。誰にも気を遣わないで済む夜を好んでいたはずなのに。
画面を見つめては目を逸らし、ただ時間が過ぎていった。
「オロス、私は……」
そこまで声に出したが、続く言葉が浮かばなかった。
『あなたはアマネです』
ネックチョーカーが僅かに点滅してオロスはそれだけを返した。
アマネは胸が焼けるような思いで一つの決定を下した。
夜が明ける頃、レン=ゲードに住む人々にエコラプシーフェイズ移行の通知が響いた。




