報告×宣告
翌日、医科チームを交え、ワクチン効果が停滞、反転し始めている状況の共有と、今後の展望を伝えるために会議を招集した。
「治験患者の症状緩和は、治験開始から3週間から4週間程がピークだと考えます。
俺含め、治験メンバーの症状は今が最も回復していると言えるタイミングだと思います」
ユイは落ち着いた様子で現状を伝え始めた。
「ここからは、症状が再び悪化に向かうと考えられます。
ーー或いは、急速な悪化も視野に入れるべきかもしれません」
当然、チーム内でもデータ確認は行われていたこともあり、ざわつきは少なかった。
「何名かのスタッフは再活性化について検討してるみたいだけど、仮に二相反応が出たとしても寛解に至るほどの反応は得られないと考えてます。
ーーまた、仮に寛解したとしても、再感染の可能性について否定できるものではありません」
ユイは希望の芽を刈り取る様に一言一言ゆっくりと伝えた。
「そういった状況を踏まえると、このまま治験を続けるのはあまりにも乱暴なんじゃ無いかってのが俺たちのチームの見解です」
悪化に転じていた患者に二相性の反応が僅かに現れ、症状が均衡を保ち始めていたのは事実だったが、ユイはその可能性も迷わずに切り捨てた。
何人かのメンバーはワクチン改良の余地を口々に述べたが、ユイが言うように、成功の確信を持って進められるほどの時間的な余裕はなく、このまま成功を信じて進めるのは、あまりにも賭けの要素が強いという意見が大半を占めた。
続いて、アマネが治験とシミュレーションの結果についてゆっくり話始めた。
「アルファワクチンがシミュレーション上では成功した理由、実際のワクチンと効果に乖離が出てしまった原因について、同シミュレーションをもって再度検証を行いました」
事実を飲み込むように一度小さく深呼吸を行い続けた。
「大きく三つの点がシミュレーションと現実で差異を生んだと考えられます。
ーーひとつは、私たちがアモルファスと呼称したように、ほとんど探し出すのが困難だったエヌリスは、その全てを私たちに曝け出していなかった可能性」
″掴んだのは尻尾ではなく本体だった″と感じたそれは、結局トカゲのしっぽ切りで、私たちはまんまとエヌリスに欺かれたのかもしれない。
「ーーふたつ目に、エヌリスの進化速度を見誤った可能性。
感染後の急速進化はあまりにも突飛ですが、何度も上書きするように感染を重ね続けていた可能性等、未知のウイルスに対して、甘く見積もってしまっていたかもしれません」
どちらも考えるべきだった。その甘さが効果を十分ではなくしてしまったのかもしれない。
「……最後に、ワクチン生成の精度。
ーーシミュレーションワクチンは、外部からの操作による生成の為、実際の可能性を超えて完璧にできてしまっていた事です。
ほとんど誤差がないように見えても、外側から描いたものと、内側で、現実で、実際に生成する物の間には僅かながら誤差が生じてしまいます」
そのどれか一つかもしれないし、全てかもしれない。あるいは、私たちがまだ知らない要因があるのかもしれない。
アマネはゆっくりと目を閉じてそう考えた。
それから、今度は大きく息を吸った。
体の奥で感じる自分の鼓動が、いつもより小さく、不確かに感じられた。
そっと目を開き、横に座っているユイと一度目を合わせてからゆっくりと息を吐いた。
「私たちの研究は、基礎研究の観点では成功をおさめたと言える反面、現段階のワクチンとしては失敗しました……」
集まったメンバーはおそらくこの結論を予想していたのだろう。落胆の色は見えたが、精一杯健闘したゲームに敗れた時の様な晴れやかさも同時に感じた。
「まずは、協力してくださった方々にこの旨を伝えます」
こちらの都合で集め、身勝手に終わりを告げるのだ。
「ーーその後は、一定の期間を設け、エコラプシーにフェイズを移行していく事になります」
アマネは声が震えそうになるのを必死で抑え、ただ事実にだけ着目した。
それなのに、胸の奥では吐いた言葉を今からでも撤回したい気持ちとザラザラとしたノイズばかりが溢れていた。
「おそらくメルトアップが煩雑になることが予想されるので、ここの人員も大半が駆り出されるかと思います。
移行する前に後悔のない様″こちら″で出来ることをなさってください」
まるで何時間にも及ぶ報告をした後の様に、どっと体が重くなるのを感じた。
その後、アマネたちはいくつかのデータ共有を行い、ワクチン開発の凍結及び終了を決定した。
チームのメンバーたちはそれぞれ言葉を交わしながら部屋を後にし、何人かはアマネに深く頭を下げてから退出していった。
全員を見送ると、ユイが肩の力を抜く様にふうっとため息を吐いた。それから顔を上げ、自分の顔をパンパンと両手で軽く叩いた。
「よし。次は協力者への報告だな。
キダさんたちはこの後別室に集まってもらうよう整えてる」
そう言ってから、ユイはアマネと目を合わせ小さく何度か頷いた。
別室の治験メンバーたちは明るく、穏やかな雰囲気のなか小さく談笑しながら待機しており、全員がワクチンの成功を確信しているように見えた。
アマネはそこから目を逸らしそうになる自分自身に嫌悪感を覚え、リムを回す手に無意識に力が入る。
前方に移動したアマネたちは全員に対して一度小さく頭を下げ、すぐに話を切り出した。
「本日は治験の状況と今後の対応などについてご説明させていただくために集まっていただきました」
アマネがそう言い終わると、話す予定がなかったユイが口を開いた。
「報告の前に、少しだけ話をさせてください。
ーー身体の調子はどうですか。
きっと、ほとんどの皆さんが良好だって感じているんじゃないでしょうか。俺もこの通りピンピンです」
ユイはアマネに一度目配せをしてから少しだけ笑って見せ、そのまま話を続けた。
「おそらく皆さんも確信していると思いますが、これは、ネセリアのやつを黙らせることができているって事です」
向かい合っている協力者たちはそれを聞いて嬉しそうに顔を綻ばせた。
「同時に不安も感じてると思います。本当に治るんだろうか。俺たちのワクチンは信用できるんだろうかって」
ユイは全員と目を合わせる様にゆっくり部屋を見回した。
「正直言って俺もそうです。
残していくものがとても大切に感じたから、薄れていく自分をなんとか繋ぎ止めたくて治験に縋りました」
そこまで言うと、ユイは視線を落とし俯いてしまった。
「……症状の緩和のおかげで、俺はゆっくり眠れる様になりました。
ちょっと前までは、眠るのなんか死ぬのも同然ってくらい怖かったけれど」
それから、ユイは俯いていたまましばらく黙り込んでしまった。
「違うんです。そんな話じゃなくて……」
小さくそう呟いてから、ユイは顔をすっと上げた。
「ごめんなさい。それは言い訳です。
……治験の結果は芳しくありませんでした」
そう言ってから深く頭を下げた。
アマネもすぐ横で同じ様に深々と頭を下げた。
ユイが話を続けようとしていたが、アマネは目配せをしてそれを止めた。
「症状の緩和は事実ですが、間も無くゆっくりと病状は再度反転下降し、緩やかに元の症状に回帰していくと予想されています」
アマネはそう告げてから静かに呼吸を整えた。
「また、再度ワクチンを使用して事態の均衡を保ち続けることも現実的に難しく、本ワクチンの治験は今回の一度を持って終了することとなりました」
アマネは死の宣告を淡々とするしかない自分の無力さに説明のできない靄がかった気持ちに包まれた。
「……希望を人質のようにして集まっていただいた皆さんには、なんと言ってお詫びすれば良いか分かりません。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って再度深く頭を下げた。
こんな事をしても何もならない、求められているのは謝罪ではないとわかっていても、アマネにはこうする事しかできなかった。
ゆっくりと顔を上げると、キダやその他の協力者たちひとりひとりと目が合った。
止まってしまった時間を動かす様に小さく声が響いた。
「私たちからも話をさせてください」
そう聞こえたかと思うと、不意にキダがその場で立ち上がった。




