アナログ×アナログ
一部リライトしました。
2025/05/27
「オロス、地形モデルの第七層、気候因子の遅延補正を0.001から0.0001まで高めて初めから全パターンで再試行して」
呼びかけると、ホログラムがわずかに揺れ、演算結果が即座に更新された。
人工衛星の軌道がズレ、地表の雲の流れが変わっていく。
その瞬間、背後からユイの声が飛んできた。
「……いまだにボイス式の人いたんだ」
まるで絶滅種の展示でも見つけたみたいな口ぶりだった。
スクリーンに向かっていた体をこちらに向け、目を見開いてくる。
そして、すぐにおかしそうに笑い出した。
「いや、すごいねそれ。なんか一周回って新しいかも」
無邪気に笑うユイを見て、内心で小さくため息をつく。
苛立ちを押し隠しながら、事実だけを淡々と告げた。
「……今の私には、こっちの方が理にかなってる。思考と直結させると、逆にノイズが入って不安定になるから」
「なるほどねー。でもそれって、私に介入されるのがイヤだから外部遮断モードってこと? さすがアマネちゃん、用心深い!」
冗談っぽい口調ながら、目はまっすぐで、本気で感心しているように見える。
悪びれる様子はなく、むしろ選択を「そういうやり方もあるんだ」と面白がっているふうだった。
悪意はない――それくらいのことは、わかる。
けれど、それとこれとは話が別だ。
理解と信頼は、同じではない。
「……皮肉?」
「むしろ称賛だよ!」
真顔でこちらを見つめてくる。
「そのレベルのリンクで、たった一人でここまでヤバいシミュレーション仕上げたんだもん。アマネちゃん、やばすぎるよ。ほんと尊敬だよ」
本気だった。たぶん、照れも誇張もなく。
答えず、ただ軽く息をつく。
その呼吸が、微かに緊張をほどいていた。
ユイが急に振り返り、ディスプレイに向かって手を振った。
「オロスくん、アマネちゃんに謝っといて! もし嫌な気持ちにさせちゃってたらごめんって!」
小さくため息をつく。
「わかってると思うけど、彼は私の指示にしか従わないよ。それに、それって実質私に直接言ってるのと変わらないんだけど……?」
「うーん……気分?」
「はあ……」
呆れたように息をついたけれど、気がつくとほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
ユイがポケットから、つや消しの黒い小型端末を取り出す。
「でもさ、俺たち、案外気が合うかも。ほら、これ見て!」
手のひらサイズのそれは、何世代も前の携帯型ゲーム機だった。
起動画面には、ドット絵の恐竜がのそのそと歩いている。
「アマネちゃん、これ知ってる? 操作に“手”使うんだよ。めちゃくちゃおもしろいんだよ、これがまた」
思わず苦笑してしまう。
「……レトロ趣味、過ぎない? 今どき手で操作するなんて、効率悪いにもほどがある」
「効率? 違う違う、これは“手間が愛おしい”っていうジャンルなんだよ。
ボタンが固くてさ、ちょっと力入れないと反応しなくて……でもそれがいいのよ!」
そんなことを言いながら、ユイは嬉しそうにゲームを起動し、カチカチとボタンを押していた。
「……それで、なんかエラーでも出た? オロスくんはなんて?」
わずかに視線を逸らし、それからごまかすように答える。
「エラーは出てない。
……私としては、出てくれたほうがまだ安心できたんだけど」
少し肩をすくめ、画面を見つめながら言った。
「何度やっても結果は同じ。条件をいくらいじっても、みんな、示し合わせたみたいに――同じ方向に進んでいくの」
そう言いながら、目を伏せる。
自分の手で調整したはずの変数たちが、意図を裏切るように同じ未来を描き出していく。
その規則性のようなものに、静かに打ちのめされていた。
違和感はあるのに、覆せない。わずかな綻びすら、どこにも見つけられない。
「俺が持ってきた生物のデータ、今すぐにでも全部入れてみようぜ」
ユイの声が、唐突にその空気を押し破った。
前のめりに言い放つその口調には、どこか無鉄砲な明るさがあった。
背負っていたデータパックを机の上に置く。
ちょっと得意げで、でもどこか真剣なその顔に、一瞬だけ手を止めた。
「たぶん、どこよりも正確で膨大なデータがある。アマネちゃんもびっくりすると思うぜ」
冗談っぽく笑っているけれど、そこには確かに――一緒に戦おうとする意志があった。
無邪気なふりをして、深く傷ついているこの世界のことを、きっと彼なりにずっと考えているのだ。
視線を戻しながら、小さく笑う。
「……ほんと、君って時々びっくりするくらい真面目だよね」
「えっ、今ほめた? それ、今の俺、褒められた?」
「どうだろうね」
肩をすくめながら、どこか少しだけ柔らかくなった表情を浮かべた。