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8


 ステファニアは、勢いよく、広すぎるベッドに倒れ込んだ。

 貴賓達の相手は、国内の貴族を相手にするよりかは楽だが、経験の浅いステファニアには気を配ることが多すぎる。


 自分の為に集まった人々なのに、あの中にステファニアが心を許せる者は誰1人としていなかった。

 ステファニアと志を同じにしていても国の主人として本来のステファニア以外のものを求める者、ステファニアの弱点を虎視眈々と狙う者、特にステファニアの事も知らず仕事としての表面上の付き合いの者。

 誰も彼もがステファニアでないどこかを見ていて、本当に人形になってしまった気分だった。


──もし、あいつがいたら・・・


 だとすればこんな気分になることなんてなかった。

 “彼”さえいれば、消えてしまいそうな自分を見つけてくれる気がした。


 けれどそんな事叶うはずもないとステファニアはゆっくりと息を吐いた。

 目の前には左手首につけた赤い紐があった。





 ステファニアから彼らの元を去った。

 “彼”がどんな顔をしていたのかも知らない。

 見てもどうする事も出来ないと知っていたら。

 それに、もし、“彼”がなんともない表情をしていたら、きっとステファニアは魔法は魔法に過ぎないと気づいてしまうから。


「ステファニア」


 父は厳しい顔でステファニアを迎えた。

 久しぶりに顔を合わせた父は記憶よりも老けたように見えた。

 それでもその姿は威厳に満ちていたが、前ほど大きすぎるとは思わなくなっていた。


 ステファニアは父に謝った。

 決して父のした事に納得したわけではないが、理解はしていた。

 そして、父は自分を裏切ったわけではないということも。


 父はステファニアの話を、笑う事もなく怒る事もなく、淡々と黙って聞いた。

 ただ、一つだけ、ステファニアに問いかけた。


「もういいのか? 」


 父はこのまま勇者達と行くことも、違う道を歩むこともできるとステファニアに言った。

 だから、ステファニアは逃げるつもりはないとはっきりと答えた。

 飛び出した時より長くなった飴色の髪は、結ばれることもなく、ありのまま流れていた。


「なら、いい」


 父は頷くと、それ以上何も言わなかった。

 元々口数の少ない父だったが、ステファニアは昔のように父に言葉を求めることはしない。

 なんとなくだが、父の考えは聞こえる気がしたから。


 それから、父と兄と共に、勇者達を迎えた。

 やっぱり彼らの顔を見ることはできなかったが、うつむきはしなかった。

 見て仕舞えばまだ不安定な覚悟が崩れていまいそうだった。

 聞こえる彼らの、“彼”の声に震えたが、不必要に声を出すことはできなかった。


 謁見が終わった後、ステファニアは兄に声をかけられ、たまらず泣き崩れた。

 止めどなく出てくる涙は、どうにかしようと思えば思うほど溢れ出て、ステファニアは押さえ込むのをやめた。

 今飲み込んで仕舞えば、もう二度とこの感情を表に出す事はできない。そんな気がした。


「そうか、お前は出会ってしまったんだな」


 兄は逞しくなったその腕でステファニアを抱きしめた。

 かつてステファニアを安心させてくれたその腕は、“彼”とは違っていて。

 それがやけに悲しかった。


 それからしばらくして、依頼を終わらせた勇者達と再び面会する事になった。

 突然に強いられた選択に整理をつけたステファニアはやっと彼らの顔を見ることが出来た。

 心配そうにこちらを見る彼らにステファニアは自然と笑うことが出来た。

 その日は彼らがこの国を去る日でもあった。


「迷惑をかけたな」


 別れの為にステファニアは彼らに言った。

 勇者は、心配そうにステファニアを見つめ、「迷惑なんて思った事はないよ」と相変わらずのお人好しを発揮した。

 聖女はステファニアをそっと抱きしめ、エルフは静かに頷く。


「ありがとな」


 ステファニアは“彼”に手を差し出した。

 けれど、“彼”はその手をとりはしなかった。


「はじまってもないのに、終わらせるのか」


 険しい顔の“彼”はステファニアを非難するように言った。


「勝手に終わらせてくれるな」

「何を・・・」

「この任務の後だ」


 “彼”は煌めくその目でステファニアを射抜く。

 ステファニアは囚われたようにそれから目が離せなかった。


「それからだ」


 理解できないのに、自分の中で何かが弾けて、それが熱に変わって全身を駆け抜けた。

 彼を待ちたいと思った。

 許されるのなら、彼が再びこの地を踏むのを待ちたいと。

 全身の熱は中々冷めないが、それを吐き出すのは今ではないと感じたステファニア。


「生き残れよ。絶対に」


 ステファニアは差し出した手を拳に握り直して、彼の胸を小突いた。


 その後知った事だが、父達はリンを通してステファニアの動向を知っていた。

 リンを裏切り者と思ったが、リンの親は国の守り神でもある神獣。責めることもないとステファニアは、結局父の掌の上だったのかと笑うしかなかった。


 それからはあっという間だった。


 ステファニアが勇者達に同行していた頃から感じていた不穏な空気は、世界を巻き込む大きなものに変わっていた。

 皇帝の思惑が絡んでいた勇者の旅は、ただの魔王討伐が目的ではなかった。

 帝国の力をより確固たる力にしようとした皇帝は、多種族まで巻き込み世界を作り替えようとしていた。

 魔王軍、帝国軍、そして勇者軍の対立へと発展した争いは、大陸に収まらず海を超えた。


 父と兄の元で学んでいたステファニアも、国の代表として動くことになった。

 他国との交渉に、世界中で起こる争いには父が秘密裏に育てていた軍事力が大いに役立った。

 ただ、平和維持をかげている国の王として父が直接動くわけにはいかない為、兄とステファニアが動く事になった。


 その中で戦いは大きくなるばかりで、世界は混乱していた。


 いい加減、中立のままではいれなくなったステファニアの国は勇者軍として旗を掲げる。

 父も前へ出て指揮を取るようになると、兄は前線で剣を持って振るい始めた。


 皇帝へ賛同せず勇者側についた“彼”も奔走していた。

 帝国だけでなく教皇の使者でもあった“彼”は、教皇領へ乗り込み説得を試みた。


 お節介とも呼べる勇者の人助けは、そんな時、大いに役立った。

 勇者の為にと多くの援軍が彼の元に集まり、人々を扇動する。

 その動きが教皇にも伝わったのか、ついに教皇も勇者軍に加わると、各国が動き出す。


 終わりに向け、戦いはさらに激化した。

 

 かつての仲間たちの活躍がステファニアの耳によく届いた。


 そんな時だった。


 兄が戦死した。

 そして、それに続き、国内に入り込んだ戦さの火種によって父までも亡くなった。


 ハリボテでも平和を語っていた国内が混乱した。


 けれど、立ちすくみそうになりながらもステファニアは声を上げた。

 ただ叫び逃げるだけのあの時とは違う。

 ステファニアはリン達を引き連れて鼓舞した。

 父や兄から受け継いだ知識を使って、旅での経験を元に、ステファニアはできる限りの自分の力を使った。


 求めた強さは、ステファニアの国民の希望となった。

 割れかけていた国内は不格好ながらもその形を維持し、勇者軍の代表国となりつつあった。


 そして、長い長い戦いの1年が終わった。


 勇者が魔王討伐を果たした。

 内部からも亀裂ができていた帝国は、勇者側についた連合軍によって崩壊した。


 そして全てが終わった。

 平和が戻ったと人々は口にした。


 けれど、戦いの傷はあまりにも深く、ステファニアはそれを1人でどうにかできる力は持っていなかった。

 圧倒的な力を持つ父と兄の代わりとして、ステファニアには貴族をまとめるだけの力がない。

 国を離れていた3年間の代償は大きい。

 ステファニアを支持する者もいたが、国を捨てようとした過去は戦果だけでは払拭できなかった。


 だから、ステファニアは決意した。


 父の意思を継ぐ身として、全てを国に捧げようと決めた。

 平和への復興はきっと仲間と自分を繋ぐ架け橋だからと。


 終戦を迎え数ヶ月後、ステファニアの結婚と戴冠式の日取りが決まった。


 

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