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「君はあまりにも無謀すぎる」


 谷底の洞窟で寒さを凌いでいたステファニアに“彼”がため息まじりに言った。

 ステファニアは己を恥じ、濡れた服を抱きしめて顔を俯かせた。


 “彼”を庇う為に飛び出たステファニアだったが、それよりも早く反応した“彼”はステファニアを抱きかかえて敵の攻撃を避けた。

 だが、場所が悪すぎた。

 2人は勇者達の慌てる声を聞きながら、一度落ちたら抜け出さないと言われている深い谷底に落ちることとなった。

 “彼”が一瞬の判断で防御魔法と受け身を取ったおかげで、ステファニアは無傷だったが、ステファニアを庇った“彼”は片腕を負傷し、太陽も届かない深い谷底で下手に動くことができなくなってしまっていた。


 ステファニアは、怪我を負い意識のない“彼”をなんとか近くの洞窟に移動させると、お守りがわりに気配を消す魔法を展開させ、水を確保しようと外に出た。

 幸い川を見つけ、何日かは凌げるだろうとほっとしたのも束の間、隠蔽魔法の効かない魔獣が現れステファニアを襲った。ステファニアの悲鳴で覚醒した“彼”が現れなんともなかったものの、洞窟に連れ戻されたステファニアは“彼”かかつてない長い説教を喰らうこととなってしまった。


 ステファニアだって自分の短略的な行動に嫌気がさす。

 けれど、それでも勝手に体が動いてしまったのだ。


 どうにかして“彼”を生きさせなければならない。


 その使命感に駆られ飛び出し、意識のない“彼”を見た時は頭が真っ白になった。

 この人間を守れるのは自分しかいないとさせ思え、できる限りの事をしようと駆け出したのだ。


 けれど力不足のステファニアは、結局、負傷した“彼”に無理をさせることとなってしまった。

 不甲斐ない自分が恥ずかしく、ステファニアは川でびしょ濡れになったことさえ忘れて体を縮こませる。


──お前が自分のことを大切にしないからだろ


 見当違いな八つ当たりだと分かっていても、ダラダラと説教を続ける“彼”が恨めしくなる。

 滅多にステファニアと会話をしようとしないくせに、こういう時だけ言い募ってくる“彼”が腹立たしい。


 元々、“彼”が自分のことなどどうでもいいかのように戦うのが悪い。

 あんな戦い方さえしなければ、ステファニアだってこんな無謀なことはしないのに。


 声にならない反抗はステファニアの心の中で渦巻く。

 そうなってくると、やっぱり本能のまま生きるステファニアに、我慢などできるはずもなく、すぐに爆発した。


「大体、あの程度の攻撃など受けたところで──」

「お前、死にたいのか?! 」


 ステファニアは“彼”の胸ぐらを掴んだ。

 “彼”が身に纏ってた衣服も、先程の魔獣のせいで濡れていた。

 けれどそんな事を気にする暇もなく、ステファニアは怒りそのまま“彼”に言葉をぶつける。


「なんであんな戦い方をするんだ! お前、命が惜しくないのか? お前には魔王討伐っていう使命があるんだろ? あんな、あんな戦い方じゃ、たどり着く前に死ぬぞ! 分かっているのか?! 」


 “彼”は目を見開きステファニアを見つめたが、それはすぐに例の冷たい目に変わる。


「君に何が分かるっていうんだ」


 まただ、とステファニアは感じた。

 また“彼”は自分と距離を取ろうとする。

 勇者達はすでに諦めたように受け入れているくせに、ステファニアだけはどうしても入れてくれないその一線。

 まるで、旅を共にすることは許しても、仲間になることをいつも拒まれているようだった。


「分かるわけがないだろっ! 」


 けれど、すでに怒りで埋め尽くされいるステファニアの頭は、そんな“彼”に遠慮する余裕なんてものは一切なかった。


「分かりたくもない、そんなこと。死にたいなんて、そんなこと知りたいわけないだろっ」

「俺は死にたいなんて・・・」


 “彼”は動揺をあらわにする。

 “彼”は無自覚だったのか。

 そのことが余計にステファニアの怒りに火をつけた。


「私の前で死のうとなんてするなっ。誰にも死んでほしくなんかないんだよ。あんな戦いはもう嫌だ。見たくない。だからっ、あの戦いを終わらせたお前が、死のうとなんてするなよっ! お前だって本気であの争いを止めようとしたんだろっ。だから、生きてくれよ。力不足かもしれないけど、私だってお前も守る。だからっ・・・」


 頬を伝うものを拭うことなくステファニアは“彼”に言葉をぶつけた。

 もっといい言葉があったはず。もっと“彼”に届くようなちゃんとした言葉があったはず。

 なのに、自分から飛び出てくるのは子どもじみたものばかり。

 まるで自分のエゴを“彼”に押し付けているかのようで、でもどうしても湧いてくる怒りや苛立ちをぶつけずにはいられず、最後には言葉にならない感情が涙として落ちるばかりだった。


 父への反発心も子どもじみたものだととっくに分かっていた。

 確かに、信じたものの裏切りに心を乱されたが、何よりそれをどうこうすることもできない無力な自分への絶望もあった。

 その思いは国を飛び出たところで解消されることもなかった。無力な自分は常に付き纏い、ステファニアを苦しめた。

 それでもステファニアの望むものは変わらなかった。

 小さい頃。信じて疑わなかった生きる希望に満ちた自国。

 あの世界をどうしても手放す気にはなれなかった。


 いつの間にか“彼”の胸ぐらを掴んでいた手からは力が抜けて、ステファニアは子どものようにそのまましゃがみ込む。

 ステファニアの啜り泣く音だけが洞窟にこだました。


「─・・・すまない」


 しばらくして、硬さのない“彼”の声が聞こえた。

 ステファニアが初めて聞く声だった。

 “彼”もその場に座り、でこぼことした岩肌に背中を押し付けていた。


「死ぬ・・・つもりはなかった」

「嘘だ」

「嘘ではない。ただ・・・」


 突き刺すようないつもの物言いはどこへ行ったのか、選ぶように探るように言葉を紡ぐ。


「彼らには魔王を討伐してもらわなければならない。それが俺の任務で、俺の意味だから」


 ゆっくりと“彼”は語った。


 生まれた時から“彼”は家の為に騎士として育てられた。

 国の為に死ぬことは当たり前と教えられ、任務を果たすことが“彼”の生きる理由だった。


「魔王を討伐するには俺の力では不十分だ。必ず勇者の、彼らの力が必要となる」


 “彼”はどこまでも冷静で、自分にも冷徹になれる人間だった。

 ステファニアの感じていた不安は的中していて、“彼”は勇者達を魔王の元に連れていく事を第一としていて、その過程で自分の腕が一本無くなろうと問題にするべきでないと考えていた。


「ただ、国の為に死のうとなんて思ってはいない」


 “彼”は観念したように口にする。

 いつもの呆れたものとは違った声色は、ステファニアを少しだけ落ち着かなくさせる。


「だったら・・・」

「俺だって魔王が憎い。母は暴走した魔物に殺されたからな。だから、魔王の首をこの手で持って帰るまでは死ねない」


 感情を露わにしすぎたせいか、ステファニアは“彼”の顔を正面から見るのは躊躇われた。

 そっと腕の隙間から“彼”を覗き見れば、いつもの堅苦しさの抜けた表情に思わず目を奪われた。


「だから、君の望み通り生きてやるさ」


 “彼”の顔がゆっくりとステファニアの方を向く。


「守ってくれるんだろ? 」


 不意にあった目はどうしても逸らすことができなかった。

 ただ、今までと違う“彼”の瞳の輝きにステファニアは今までにない高揚感に満たされる。


「あぁ、私がお前を生かしてやるさ」


 ステファニアはいつもの溌剌とした笑顔で“彼”に応えた。





 ステファニアは漠然と街を行き交う人々を眺めなていたが、その中に冒険者の一団を見つけた。

 まだ結成して間もないのだろう。

 装備は安価で買えるものばかりで、幼い顔つきはこれからの希望に溢れていた。


 ステファニアはあの頃は勇者達との旅が永遠に続くと思っていた。

 頭の隅で国に戻らねばならない事を分かっていても、まだ力を求めていたステファニアはそれがずっと先の事のように思っていた。


 ステファニアは、久しく剣を持っていない手を見つめ、何度か広げたり握りしめたりを繰り返す。

 固かった手の豆は、短期間で柔らかくなって、女性らしさを取り戻していた。


──今なら男だと間違われることもないだろうな


 “彼”の慌てた顔を思い出し、ステファニアはフッと吹き出した。

 


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