後ろめたい事(4)
「……私はクロノス様との子供だからこそ望んだのです」
私の態度も決して褒められた物ではなかったが、クロノス様にも半分くらいは責任がある。愛する人との間に子を設け家族を作りたいという願いに対して「他所で作ってこい」と返事をしたようなものなのだから。
しかし碌に話し合いもせず馬鹿は言い過ぎだったかな……と反省しつつ、花に水やりをする為にバケツを手に取り、扉を開けて表に出た。勿論クロノス様は飛び立った後なのでいらっしゃらない。ただ風が草花を撫でる音や小川のせせらぎの音だけが優しく私を包む。自身を落ち着かせる為に深呼吸した後、水を汲む為に小川の方へと踏み出した。
庭を横切る形で流れる小さな川。用水路と言ってもいいようなその細い川から水を汲むのだが、水が何処から流れて来るのかと、何処へ流れて行くのかと、此処で暮らす長い年月の間に探求した。積まれた岩の間から何故か流れ出してくる水は、この生活空間の外に向かって流れる。
まるで半球のボールのような結界ですっぽり囲われたようなこの空間。先にある風景は幻で、結界部分は手で触れることができる。その結界の壁と、ずっと結界の外まで繋がっているように見える小川の結合部は、よく目を凝らしてよく見ると……この空間の終わりの端っこから滝のように下に水が流れ落ちているのだ。そしてその接合部の隙間から元いた世界が見えることに、数年前に気がついた。
川底に宝物を落とした子供のように地面に膝をつけ頭を水面に近づけると、見覚えのある城と城下町が小さく見える。ここはヴェストリス王国の遥か上空に作られた空間なのだ。
クロノス様がいない時だけの秘密の時間。……あんな国どうなってもいいと思っていたはずなのに。聖女の守りの力が無くなった事による魔物の襲来で黒く焼け焦げた城下町の姿、手入れが行き届かなくなり徐々に蔦に覆われていく城の姿を見るたびに、少しだけ心が痛んだ。
私に親切にしてくれた街の人々はどうなったのだろう? 両親は? ヘレンは? ……バートン様は?
かつて婚約者だった彼の金色の髪が脳裏に浮かんできて、心にズキっとした痛みが走った。
クロノス様が私を救い、結界を壊すことで彼らに報いを与えた。正直にいうとバートン様やヘレンに対しては「いい気味だ」と思ったことさえある。なのに何故、今の私は心が痛むのだろう。
「……そっか。私、クロノス様にも裏切られるかもしれないと、怖かったんだ」
よく考えたが、やはり痛みの正体はバートン様への思慕なんかでは無く、愛するクロノス様を失うことへの不安だった。
左手薬指には、彼からの愛の証の痣がある。私だって、心の底からクロノス様を愛している。それでも……私はクロノス様の事を多くは知らない。
「クロノス様がお戻りになったら、きちんとお話ししよう」
知らないのなら知ればいい。過去、仕事、好み、趣味。恋愛歴だって「ジェニーはやっぱり知りたがりだね」なんて言いながら苦笑いして答えてくれるだろう。勝手に不安がってこんな喧嘩をしてしまうより、よっぽど良い。
「……ふふ、バートン様ありがとうございます」
思い出したくもないかつての婚約者も、少しは役に立つようだ。妙な使われ方ではあるが。
バートン様の姿なんて二度と見たくないと思っていたので城の内部はあまり見ないようにしていたのだが、久しぶりに目を凝らして見てみる。この空間には暦がないので、ここに来てから何年経ったのか全く分からない。
今頃彼らはどうなっているかしら……そう考えていると、蔦で覆われた城に黒旗が上がった。あれは王族の誰かが亡くなった時にあげる喪中を意味する物。城の周りに集まる人々も黒い服を身に纏っており……。
「嘘……」
驚いた私は思わず水中に手を伸ばす。
その瞬間、ドンっと背を押されたような感覚がした。当然後ろには誰もいないはずなのだが、地面についていたはずの膝は滑り、後ろを振り返る事も出来ずバランスを崩して川に頭から突っ込む。バシャンという大きな水音。用水路ほどの小さな川なのに何故かもがいても陸に上がれない。そして流されるようにして……本来叩くとコンコンと音がする半球のドーム状の壁をすり抜け、滝のように流れ落ちる水とともに落ちていく。重力に逆らうことなどできず、ただ真っ直ぐに地面に向かって。
「な……んで?!」
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