後ろめたい事(3)
気配を感じて目を開けると、いつも私より遅くベッドから出てくるはずのクロノス様が私より先に起きている。と言っても、ベッドの上で体を起こし私の髪を撫でているのだが。
「ジェニーおはよう。昨日は遅くなり申し訳なかった」
そう言いながら持ち上げられた髪先に落とされる接吻。いつもと変わらぬ触れ合いは、鍋の底に焦げついたような不安を少しずつ落としていく。これほど私を大切にしてくれているクロノス様が、私に隠し事なんてしているわけがない。
「いいえお仕事ですもの。全く気にしていませんわ」
しかしクロノス様は私の返答にさぞ申し訳なさそうな顔をし、私の頭を撫で続ける。
「連日で申し訳ないが、今日も仕事で外に出る。……今日は先に寝ていてくれるか?」
不安の欠片がぷかりと浮いてくるのを感じた。
「私の事は気になさらないでください。今日はゆっくりとお庭の薔薇でジャムでも作っていますから」
上体を起こし寂しさを誤魔化すように作った笑顔を向けると、クロノス様は心底残念そうに微笑んだ。
「そうか……。何か欲しい物があれば言ってくれ。ついでに調達してこよう」
小汚いワンピースをウエディングドレスに変化させたように、まるで魔法のような事が出来るクロノス様だが、何でも万能に作り出せる訳ではないらしい。その基準は未だに私にはよく理解出来ないのだが、基本的に作り出せない物は外に出るついでに調達してきてくれるのだ。
「欲しい物……そうですね、お薬が欲しいかもしれません」
「どこか体が悪いのか!?」
私の発言を重く捉えてしまったクロノス様が、先程までの微笑みを消して、血の気の引いた顔で私の両肩を掴む。そしてその美しい顔に似合わない血眼で私の体を凝視する。
「あ……申し訳ございません。体調が悪い訳では無いのです」
「では何故薬が必要だと言うのだ! まさか背中側か!?」
くるりと体を回されて、穴が開きそうな程に背中を観察してくるクロノス様。そんなクロノス様を鏡越しに見てしまった私は……不用意に「薬」なんて発言した事を後悔した。
「本当に体調は問題無いのです。ただ……お仕事前にこんなお話をして恐縮なのですが、私は子供が出来難い体質なのかもしれません。お仕事で外出されたついでに、そういった方面のお薬を調達していただけると有難いなと……そう思って薬と申し上げたのです」
面と向かっては言いづらいので、例の姿見越しに話しかけた。これほどまでに長い期間愛されているのに、その兆候すらないというのは……そういう事なのだろう。そういった方面の薬は王宮の薬剤室にもあったから、きっとクロノス様なら容易に入手できると思って安易に口にしてしまったのだ。
きっと子供がいればクロノス様が仕事で不在の間も寂しく無いし、この何とも言えない不安も誤魔化せるだろう。それに愛する人との子供も交え一緒に生活するのは……幼い頃から両親と切り離され寂しい思いを抱えて育った私にとって理想の生活だった。
体調が悪い訳ではないと分かれば安心してくれると思ったのだが。予想に反して鏡の中の金色の眼差しは困ったように歪む。
「気にしていたのか……。実は、神と人間の間に……子は生まれないのだ」
「……え?」
思わず耳を疑った。では毎夜の行為は、ただしたいからしていただけ……という事? 子供が欲しかったとかではなくて……神様も、欲だけの為に行動されるということ?
予想外の回答に、頭の中が混乱してしまうが、例のごとく鍛えられた表情筋のおかげで殆ど顔には出さずに済んだ。しかし、今は二人だけどいつか何人かの子供にも恵まれて、という温かい家庭を思い描いていた私にとっては寝耳に水。愛する人との子供に恵まれることは叶わないのだ。
「黙っていて申し訳なかった。……ジェニーがそこまで子供を望んでいるとは思っていなくて」
「あ……いいえ。ごめんなさい、お仕事前にこんな話題を出してしまって」
クロノス様が曇り顔になってしまったので無理矢理話を切り、ベッドから立ち上がった。後ろからクロノス様が暗い顔をして無言で付いてくるのをスルーしつつ身支度を済ませ、一緒に朝食を取る。そしてクロノス様を家から押し出すようにして庭先まで一緒に行き「お仕事遅れないようにお気を付けて。いってらっしゃいませ」と、いつもと同じ言葉を口にしながら、ドラゴンの姿に変化した彼をお見送りした。そこでクロノス様はやっと口を開く。
「ジェニー……どうしても子供が欲しいのなら、私とではなくて他の人間との間になら作ることはできるが」
「え?」
まさかの言葉に絶句する。クロノス様はドラゴンの姿をしているので、その表情を伺い知る事はできない。
「ジェニー自身の生殖能力に問題は無い。君が望むなら……半分ジェニーの血を引く子をここで育ててもいい」
……つまり。クロノス様は、私が他の男性と愛し合っても良いと? ではクロノス様は、私が良いと言えば他の神様と子供を?
昨晩の知らない匂いと違和感、不安がグチャ混ぜになって爆発した。
「――クロノス様の馬鹿ッ!!」
頭に血が上って、つい叫びながら家に飛び入って玄関の扉を閉めてしまう。
「ジェニー!?」
クロノス様のドラゴンの大きな爪がコンコンと扉をノックしているが。
――絶対に開けない!
「ジェニー、落ち着け。子が欲しいのではないのか? 話がしたいのだが、ドアを開けてくれないか」
「今は、許されるならお話ししたくありません。……いってらっしゃいませ」
それ以上に、こんな私を見せたくない。こんな醜い嫉妬心で崩れてしまった顔なんて、見られたくない。
「……すまない。私が人間ならば良かったのにな」
やる気になればどうにでもして私を引きずり出せるはずだが、クロノス様はそうしなかった。翼をはばたかせて飛び立つ音が聞こえると同時に少し家が揺れ、静寂が訪れる。
――失敗した。仕事前なのに重い話を振ってしまった上、喧嘩別れのようになってしまった。
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