一緒に歩く、未来へ
「……あれ、ジェニファー様?」
「フォード様、お久しぶりです」
図書室にやってきたフォード様が、先に待ち構えていた私を見て驚いたような表情をする。
1時間程巻き戻ったので、その間にクロノス様の魔法で血塗れになったドレスも綺麗にして、髪も元通り整えてもらった。
そしてフォード様がここにやって来る前に、古代語が分かるクロノス様がカイロス様をお呼びするための呪文が書かれた禁書を焼いて処分。
そしてこのフォード様は、まだカイロス様を呪文で呼んでいない。
これで……カイロス様をお呼びする呪文が書かれた書物はこの世から無くなり、二度とお会いすることも無いはずだ。
「突然の事で驚いてしまいました。どうしてこんな所まで?」
「……お別れとお礼を言いに来ました。私のことを高く評価してくださった事、好意をお伝えしてくださったこと、嬉しかったです。でも、私は昔からずっと好きな人がいて……13年前の約束通り、そのお方に嫁ぐのです。だからフォード様のご好意にお応えできなくてごめんなさい」
誠心誠意謝って頭を下げる。私はもっと早くにこうするべきだった。
「……どうか頭をあげてください。では、ジェニファー様は約束が果たせる上に、幸せになれるのですね?」
求められた通り頭を上げると、そこには自然な笑顔のフォード様がいた。
「ずっとそれだけが気がかりだったんです。……貴女が幸せになれるのであれば、本当に良かった」
「フォード様……」
「あぁ聖女ヘレンに頼み込んだ甲斐があった! ジェニファー様が幸せになるチャンスが欲しいのだと、お願いして本当によかった」
◇◇◇
フォード様と別れ、王宮へ来た時に乗ってきたエディソン侯爵家の馬車に乗り込む。着席して正面の席、誰もいないはずの空間に向かって話しかけた。
「クロノス様。隠れて見ていらっしゃいましたよね?」
「当然だ。私のジェニーが私の恋敵と話をするんだぞ。一部始終を見守らなくてどうする」
誰もいなかったはずの空間に、スウッとクロノス様が現れる。
なんとなく見られているような気がしたので憶測で声を掛けたのだが、まさか本当にいるとは思わなかった。まさか今までにも姿を隠して付き纏われていた事があるのでは? と疑ってしまう。
「それに、治したとはいえやはり体が心配だった。時の神だった頃とは違い傷がつく前に戻すことはできないから、どうしても治癒になる。肉体に傷がついた記憶は消せないから……心配なのだ。もうどこも痛くはないか?」
「もうすっかり大丈夫です! ジュピテール王国で片手に入る魔術師に治してもらっているのですから、元気いっぱいですよ」
神様だった頃よりも丸い金の瞳が本当に心配の色を浮かべていたので、心配させないようにと元気よく返答を返す。
「いいや、その元気な返事が逆に信じられん。いいから見せろ」
「ちょっとクロノス様!? やめてくださいこんな場所でドレスを脱がせるのは――んんッ!」
抵抗し騒ぐ私の口が魔法で塞がれ、体も拘束される。こんなどうでもいいような事に魔法を使わないでください!
「……傷跡がある」
私が激しく抵抗したためにドレスを脱がせるのは諦めたクロノス様が、患部であった場所のドレスを透明にして透かす事によって確認してくる。
……ちょっと、その魔法便利すぎませんか? 無闇に乱用したら許しませんからね、と思いつつ、魔法で塞がれていた口元が解放されたのでポジティブな理由付けをする事にした。
「あれです、皆を守った勲章みたいなものですわ」
あれだけ酷い傷をこんなちょっとした痣程度まで回復させたのだから、むしろ素晴らしいと思う。
なのにクロノス様は不満なのか沈鬱な面持ちだ。
「いいや私が私を許せぬ。ジュピテール王国で一番の治癒系魔術師に教えを乞うてくるから少し待っていろ。何年かすればきっと新しい形態の治癒術を見つけ出して……」
そう言ってクロノス様の周りがキラリと光り始めたので、速攻で抱きついて止める。転移魔法を使う気だと分かったからだ。
「待ってください! 私のためにそんな時間を割くのではなく、先に食料自給率問題やりましょう。実は私とても良い方法を思いつきまして、元々その件でフォード様の元を訪れていたのですが……あ、時間を戻したから、使って良いと許可取ったのも無くなってしまいましたわ……」
抱きついたまましょぼんとしてしまった私を見て、クロノス様は思わず吹き出したという風に笑った。
その表情が外見年齢相応に見えて、目が離せなくなる。
「何故わざわざあいつの所へ行ったのかと思っていたが、そういう事か。私を想っての事だとは分かっているが、危ない真似をするなと言っているのに、結果として突っ込んで行くのはなぜだ? そろそろ私の心臓が止まりそうなのだが」
「だって、私は前向きに進まねばなりません」
私はクロノス様を何百年も苦しめた。
なのにクロノス様を失い不安に押しつぶされそうだった時、クロノス様を苦しめてでもずっと一緒にいて貰えばよかったと後悔したことすらあった。
そんな私は、せめてクロノス様が好きだと言ってくれた姿でいなくてはならない。そうでないと嫌われてしまうのではないかと……。
そんな私の考えは、表情に出ていたのだろうか?
口にはしていないはずなのにクロノス様は「それくらいで嫌いになる愛だと思われては困る」と返してくる。
「むしろ何故後悔してはならないのだ? 私だってジェニーが自ら死を選びたいと思うくらいに傷つけた。その上また何年も待たせるようなことをした。私にはジェニーの横に立つ資格など本来無いに等しい。嫌われて当然だ。そう考える私をジェニーは嫌いになるのか?」
「……いいえ。嫌いになんて、なれません」
愛する人の言葉は時に原動力となり、時に呪いのように自己を縛る。
しかし私は愛する人が好きだと言ってくれた姿に、固執しすぎていたのかもしれない。
「前向きなのはいい事だし、そんなジェニーが好きだよ。でも私の方が人間としてはうんと年下だ。だから時には後ろを振り返って、こちらにも顔を見せて欲しい。私の方も見て、時々立ち止まって待って。そして話でもしながら一緒に歩いていこう」
コツンと額がぶつかった。焦点が合わないのは近いからか、それとも涙か。
「目、閉じて」
下ろされる瞼とそれに伴い溢れる涙。そして約束を破ったクロノス様がいた。
あの頃と同じ、唇に感じる体温が……私の涙を余計に助長させた。
私より民を選択した、かつてのジェニーも。
涙を溢さぬよう前を向いて、必死で私を呼んでくれた以前のジェニーも。
こうやって素直に感情を出してくれるようになった、今のジェニーも。
……その全てを私は魂ごと愛しているよ。
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次回最終回です!
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