元聖女の意地(5)
「ど、うして……」
「指輪だ。ジェニーの体に傷がつくような事態になれば自動的に結界を発生させるように出来ている」
そういえば「色々と便利な機能が付いている」と言われていたが、まさか会話できる機能以外もあっただなんて!
「カイロス。……すまなかった。お前がそんな事を思っていただなんて全然知らなかったんだ。でもそれとこれとは別問題。ジェニーを害そうとするなんて許さない」
「クロノス様、聞いていらっしゃったのですか?」
まさかずっと陰に隠れて見てたのだろうかと思ったが、クロノス様に「だから、指輪だ」と補足される。
……もしかしてこの指輪、盗聴機能とかも付いておりますか? あぁ、だからこうやって助けて来てくださったというわけですね?
「ハハッ! 久しぶりだねクロノス。でもね、お前が僕を許さないのと同じで、僕もお前を一生許さないよ」
壁にぶつけられ怪我をしてしまったのか、体のあちこちから血を流しながら立ち上がるカイロス様。そしてその体はフォード様のものなのに、そんなの関係ないと言わんばかりに先程の刃を自身の首に当てる。
「クロノス、お前はこの体をこれ以上攻撃出来ないだろう! 大事なヴェストリス王子の体だからね、さっきもかなり手加減して攻撃したんだろ?」
クロノス様の返事はない。
「お前の可愛い可愛いジェニファーは第二王子を害した容疑で捕まるんだ! 社会的に抹殺され、皇太子であるお前の元には嫁げない身になればいい!」
クロノス様は手を出せない。
ならば私がやるしかない!
そう思って、思いっきり刃を振り上げたカイロス様……ううん、フォード様の体の時を止めた。
「な……んだ、体が」
「カイロス様が教えてくださったのですよ。……私の中にクロノス様の力、時を操る力が残っていると。クロノス様の力の欠片を吸収して更に集める事にさえなっていたと」
少し感覚が違った為難しかったが、出来る。
そう信じて絞り出すようにして操った……元聖女としての意地だった。
「ふ、ただの時間……稼ぎ……だろ」
時間の進行退行に関しては難なく出来るのだが、わざわざ「止める」という行為はしたことがなかったので、どうしても安定しない。
それでも時が止まったフォード様の肉体と止まっていないカイロス様の間にズレが起こり、憑依が解ける。
「よくやったジェニー。上出来だ」
クロノス様が風の魔法を使って崩れ落ちたフォード様の体を受け止め、そこから抜け出たカイロス様の実態も捉え固定し動けないようにする。
それを確認してから私は時を止めるのを中断した。
「……ふ。はは、やっぱり最初から最後までジェニファーは僕の邪魔ばっかり! 嫌いだ、大嫌いだ……殺せよ。全知全能の神ゼウスの力を持ったお前なら神だって殺せるだろ? ジェニファーを襲った憎き僕を一思いに、さあ!」
クロノス様は一呼吸置いてから、表情も変えずに返答する。
「殺しはしない。ジェニーを害そうとした点では殺したいほど憎いが、そうはしない。楽にはさせない」
「敵に情けをかけるの? 元神様の人間が、神様である僕に? 冗談じゃない」
「情けだと? 死んだ方が楽なのは、私自身がよく知っている」
そう小さくクロノス様は呟いた。情けなんかじゃない、楽にさせる気なんて無い程怒っているだけなのだ。
「今お前を殺せば、後ろ盾であった2人の時の神を失ったヴェストリス王国が滅ぶ。それはジェニーの故郷がなくなるのと同じで、避けなければならない。……それに、何故不満を教えてくれなかった? 私だって、お前がそう思っていたのであれば、言ってくれれば考慮して」
「考慮? 1人の女に夢中になっているお前が、僕の言う事なんて聞くわけないだろう! この聞き耳持たずが」
横で見ている私には、2人は以前のように喧嘩しているように見えた。
そう、かつて対として存在していた頃のように。
「分かり合えないという事が解った。ならば、この場は無かったことにしよう。私は人間としてジェニーと一緒に生きていく。もう二度とカイロス、お前の邪魔はしないと誓おう」
カイロス様を拘束する魔法が強まったのが私にも分かった。神様を拘束しているだけあってこの空間にとてつもない魔力が溢れ出していて、肌にピリッとした刺激を感じる。
「ジェニー、1時間ほど戻してくれ! 『あの時程度の傷』ならば、今の私でも治してやれるから!」
特に詳しい説明の無い指示。
それでも何をどうして欲しいのか、どうやってそれをすれば良いのか分かるのは、私がクロノス様の事を理解できている証拠。
クロノス様の事を何も知らないと沈んだ時もあったけど、私にはちゃんと理解できている部分だって沢山ある。
苦笑いしながら「ちゃんと治してくださいね」とお願いして、再び聖女の力を使った。
対象とするのは『この空間』。そして、使うのは『5歳の時に受けた時の力』。治療のための巻き戻し部分を紐解くようにして捻り出した力を使って、この空間の時間だけを巻き戻す!
私が祈ると同時に空間が歪み始める。本棚から落ちてしまった本や私達が暴れた跡なんかも綺麗に無くなり、怪我をしていたはずのフォード様の体も傷ひとつ無くなった上、この部屋から消えてしまった。
そして、クロノス様が拘束していたカイロス様の姿も無くなった。
「ジェニー!」
「……上手く出来て良かったですわ」
ふらりとした所をクロノス様に抱き止められた。脇腹から血が止まらずドレスに血が滲み出してくる。
即座にクロノス様が治療を始めてくれたようだが、苦しい。寒い……。
「すまなかった。全員無事で、ヴェストリス王国を守るにはあの方法しか思いつかなかったんだ……」
いいえ、クロノス様。
まさか私の故郷が無くなってしまうという所まで気にしてくださっているなんて思いもよりませんでした。助けてもらったのは私だし、治療だって今懸命にしていただいているのだから、謝られるのは違うと思うのです。
でもそれを細かく説明するだけの気力が今は無かったので、なんとかそれを短く表現出来ないかと考え、一言だけ口にした。
「……いいえ、『こんな時に聞くのはお礼の方がいい』でしょう?」
「そうだな……ありがとう。ずっとずっと私の力を大事に持っていてくれた君のおかげだ」
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あと2話で最終回です!
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