元聖女の意地(4)
「……カイロス様。私が死ねば、クロノス様やフォード様には何もなさらないのですね?」
「この状況でまだ他人の心配してるの? この体は、こいつがわざわざ僕を呪文で呼びつけて『ジェニファー様に最後に謝りたい』って言うから、その対価として借りているだけだよ。クロノスは、ゼウスの元にいる限りは手は出せないね。加護が邪魔だし」
フォード様は私に会って謝る為だけに神を呼んだのか。ならばここ最近図書室に篭りっきりだったというのは、カイロス様をお呼びする呪文を探していたのかもしれない。
そう考えると本当に申し訳ないことをしたと心が痛くなったが、クロノス様もフォード様も大丈夫そうで少し安心した。
「そうですか。では前向きに殺される事を検討いたします……カイロス様はどのような殺害方法をお考えになられているのですか?」
勿論本当に前向きに殺されに行っているわけではない。どこかに隙がないかと懸命に頭を働かせ考えているのだが、なかなか決め手となるような隙は無い。
想像ではあるのだが、きっとカイロス様は戦う術を持たないのだと思う。カイロス様の力を分け与えられたヘレンがそうだったからだ。
ならば私を殺す方法は、人間であるフォード様を利用したものとなるだろう。
フォード様は簡単な魔法なら使えるが、それで人間を殺せるかと言われたら不可能。ならば、剣など物理的な手段か、高所から突き落としたり水に沈めるなど自然の力を利用したものかの2択。
「ジェニファーはどうやって死にたい? 本当は魔物に食わせようと思ってたんだよね。だから魔物達に僕の力をほんの少し分け与えてさぁ」
カイロス様は私の前髪を掴んだまま、横に引っ張るように払った。そのせいで横に倒れるようにしてバランスを崩し、床に肩を打ちつけてしまう。
「ちょっと待ってください! もしかして私が魔物に狙われやすいのはカイロス様のせいだったのですか?」
「1%くらいは僕のせいだけど、残りの99%は君とクロノスのせいだよ。体内に残るクロノスの力のせい」
痛む体を庇いたいが、両手両足を囚われている状態ではただ耐えるしか出来ない。そんな状態の中、カイロス様は靴の先で突くようにして私の脇腹を何度か軽く蹴る。
「死しても尚、傷つかぬよう君の体を守るクロノスの時の力。執念深くて邪魔で気持ち悪いけど、その体はこの世界で唯一残る、時の力で大きく操作した肉体。だから魔物がその体に残る力を欲しがって寄ってきてるのに、それに気が付かずに更に散らばったクロノスの力の欠片を吸収しちゃって。余計に狙われるのに馬鹿みたい。でもそれで早く死ねばいいと思って、魔物にほんの少し協力した」
5歳の時。魔物の攻撃で、先ほどカイロス様に蹴られた脇腹に瀕死の重症を負った私を完全に治療してくれたのは、他でもないクロノス様だった。その後様々な事情で、大きく私の年齢を操作したりもしたし……最後には元に戻してはくれたが、確かに私の体にはクロノス様の力が残存していると説明されても不思議は無い。
……骨も拾えないしお墓もない、どこにもないと思っていた神様としてのクロノス様は、私の体の中にまだ有ったのだ。
「さぁて。じゃあ丁度この体が持っていた護身用の短剣で殺ってみようかな。刺す場所選ばないとクロノスの執念深い呪いみたいな力に弾かれそうだなぁ〜」
そう言いながらカイロス様は短剣を取り出し、横たわったままの私の脇腹を目掛け突き立てるように振り下ろした。
すると短剣の刃がポッキリと根本から折れる。その様子は、私が自害しようと自らを刺そうとした時の様子に似ていた。
思わずごくりと息を呑む。
……神様としてのクロノス様は、いまだにずっと私を守ってくださっていたのだ。
「ハハッ! やっぱり? どこが一番加護が薄いかなぁ〜、成長してもあまり大きさの変わらない部位が薄くなるんだよね。うん、眼球とか狙い目かも」
地面に横たわったままの私を品定めするような目で見ていたカイロス様が、フォード様の手が傷つくのも構わずその手で直接刃を握った。
そして剣先を見つめて、首を傾げる。
「でも眼球くらいじゃ人間って死なない? うーん、でもやってみないと分からないよね! 死なずともクロノスが絶望する事には間違いないだろうしさ」
そう言いながら私の上に馬乗りになり、額を上から強く固定された。風の魔法で両手両足も固定されているので全く動くことが出来ない。
それでも、私の中には一つの可能性があった。……確証は無いのだけど、私に抵抗できる手段があるとすればこれしかないと思い覚悟を決める。
「じゃあねジェニファー。できるならもう二度と会いたくないよ」
振り下ろされる刃。
反射的にぎゅっと目を瞑り、自分で考えた抵抗手段を取ってみようと構えた瞬間だった。
まだ何もしていないのに、キンッと剣先が硬い物に当たる音がして薄目を開ける。
「……何? なんで結界なんか張っ――!?」
私の上にいたカイロス様の体が吹き飛んで図書館の壁に激突した。その衝撃で辺りの本棚に収納されていた本が音を立てて落ち、私を拘束していた風の魔法も途切れ、身体が自由となる。
「ジェニファー……だから、何故もっと早くに私を呼ばない。私とて、来るのに少々時間がかかるのだぞ」
私の横に立っていたのは白銀の光を纏った少年の姿のクロノス様だった。
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