元聖女の意地(2)
「ジュピテール王国の食料自給問題に使いたいのですよね? まだ婚約段階なのに沢山調べて考えて……貴女は本当に、この国の聖女の様だった」
「……フォード様?」
フォード様の手がこちらに伸びる。沈痛な面持ちで、魔物の攻撃により少し短くなってしまった髪に触れた。
「貴女を守れなかった僕を許してください。もっと僕に力があれば。もっともっと大人だったなら。……僕にもチャンスがあったのかな」
その瞬間。突然窓の外から強い光が差し込んだ。思わず怯んで固く目を閉じてしまう。
「……ねぇジェニファー」
この声色はフォード様のものではない! 何事かと顔を顰めたまま薄目を開ける。
「一体何が……、え?」
元々の金の髪が徐々に輝きを増し、子犬の様だった表情も自信の満ち溢れた表情へと変化する。驚きから数度瞬きする間にフォード様の外観が様変わりしてしまった。
これはフォード様ではない。ヘレンが聖女の力を使った時に似たこの感じは、この神々しい輝きは……。
「貴方……カイロス様ですね?」
理由が解らなくとも、分かる。人間とはかけ離れたそのオーラが、この人がフォード様ではないと告げている。
「なーんだ。もうわかっちゃったの? 感がいいねジェニファー」
その声はかつて鏡の中から聞こえてきたカイロス様の声そのままだった。
神様は1呪文ごとに1回の逢瀬。だからクロノス様は私が呪文を唱えるまでずっと私の前に現れることが出来なかった。私はカイロス様をお呼びする術を知らない。なのにどうして? と考えていると「相変わらずだねぇ」とカイロス様が口を開く。
「何を思っているのか顔に書いてあるよ。僕を呼んだのは君じゃない。この子だ」
カイロス様が右手で胸を押さえる。
「今回の僕の聖女は役に立たなかったから、丁度良かった。これで君を消すチャンスが出来たよ」
突然周りに風が巻いて、ドレスがなびく。そして両腕と胴体を縛りつける様にして、風の魔法で拘束さてしまった。同時にドレスの上から両足を固定されてしまったので、逃れようとしても魔力も聖女の力もない私にはどうしようもない。
「離してください!」
「いやだよ。せっかくのチャンスなのに、みすみす逃すわけがない。それより、この子の魔力じゃ心許ないかと思ったけど、人間の魔法も少しは役に立つじゃないか」
状況が全く掴めない。とにかく分かるのは、カイロス様が私を害そうとしている事だけだ。
「……どういうことか教えてください。どうして私を捉えるのですか」
「んー。そうだね、可哀想なジェニファーには情けで教えてげるよ。全てあいつ……クロノスのせいだってこと」
クロノス様の名前が出た瞬間、彼から放たれるオーラが憎悪に染まる。
かつて楽しくお話したカイロス様とは全く別人のような、濁って粘度の高い毒のようなオーラ。側にいるだけでも皮膚から毒に侵されそうで、拘束されたまま思わず膝をついてしまう。
あまりの苦しさで、フォード様の体に乗り移ったとも言えるカイロス様の顔を見続けることができず、首を下げた。
「クロノスの、可愛い可愛い知りたがりのジェニファー。君を摘むことだけが唯一憎きあいつへの復讐になる。それだけの為に君は今から殺されるんだ」
説明されても、意味がわからなかった。
クロノス様とカイロス様は元々どちらも時を司る神様で、対となる存在。
なぜそれがここまで憎しみを抱くことになってしまったのか。私とクロノス様とカイロス様の3人で、鏡越しではあったが楽しくお話ししていた頃のあの笑顔は何だったと言うのか。
あの時の笑顔は、決して憎い相手と対峙する表情には見えなかった。
「ハハッ! 聞かない方が良かったんじゃない? なんでも知りたがるって、良くないよ。怖くなるし、不安になるでしょ? 知らない方が幸せって事もあるんだよ。以前の君が僕の言葉に惑わされた様に」
高圧的で含みのある言い方だった。確かに私はカイロス様のおっしゃる通り、不安を覚えクロノス様と喧嘩して、お互いに勘違いをしたまま長い期間離れ離れになった。
「……それでも私は知って良かったと思いました。だってカイロス様が教えてくださらなかったら、私はずっとクロノス様を苦しめたままでしたわ。彼が私に何を隠し、後悔し、苦しんでいるのか……解らぬままだった方が怖いです」
「ふうん? まさにクロノスが好きそうな前向きなご解答で。僕はそんな良い子ちゃんは大っ嫌いだよ。他を蹴落としてでも自分の幸せを求めて這い上がるような子じゃなきゃ」
それは以前私を処刑させてでもバートン様の婚約者の座を奪おうとしてきたヘレンの姿、まさにそのものだと思った。
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