寂しくなって抱きしめて欲しいのは(1)
婚約が決まり、私の日常は一変した。
話を聞いたお母様は驚きながらも喜んでくれたし、それと同時に嫁ぎたくないと言っていた私の心境の変化を心配してくれた。
国のために自分を犠牲にしたのではないかと何度も問われたが、私は望んで愛する人の所に行くのだ。詳しい事情を説明することはできないが、「実はずっと好きだったの。黙っていてごめんなさい」とだけ伝えると、いつも通り優しい表情で受け入れてくれた。
婚約期間は三ヶ月。とても短い。普通なら支度が全然間に合わないような時間しかないが、ジュピテール王国はすでに私が身一つで行っても生活できる状態らしく、持参するものが少ないおかげで間に合いそうだ。
しかしそれは私の支度であって仕事に関しては別問題。お父様の補佐官、右腕として貴族の責務を全うしてきた私が途中で引き継がなければならない仕事は多岐にわたる。
こちらの方が問題で、お父様がその総量を確認し青ざめ絶句していた。
「おめでとうございます。お隣の皇太子妃になってしまうだなんて、もうお会いできないのが寂しいです」
「あとどれくらいこちらに? え、三ヶ月!? 随分と急ですね」
「それでも納得じゃ。私達平民に心から寄り添ってくれたのはエディソン侯爵令嬢、貴女くらいじゃった。隣国とはいえそのくらいの地位についておかしくない」
仕事の引き継ぎで行く先々でお祝いの言葉を貰った。
以前は処刑や何もかもから逃げるようにして、クロノス様が作った神の空間に逃げた私。
ヴェストリスを見捨てて自分の幸せだけを考えて。非難されて当然な事をした。いつぞやの処刑時ように、石や生卵を投げつけられたっておかしくない。
今だって、クロノス様が生まれ変わってくる国を良くしたいという不純な動機で頑張っただけ。
それが今度は皆こんなに祝福されて。ただ好きなお方の元へ行くだけなのに、それがこの国の利となる。
クロノス様は無理にでも連れ去ればよかったとおっしゃったけど、そうしなかったのはきっと私のため。
以前ふとした瞬間にヴェストリスの事を、家族の事を思い出し心配してしまう事があった私を、恐らく覚えてくれていたのだろう。
きっとそこまで考えてくれていたのに大した説明もせず、それが当然のように振る舞う。神様でなくなろうとも、私にとっては同じようなものだった。
◇◇◇
ヴェストリス国内ばかりに目を向けていたためにジュピテール王国の内政事情に疎かった私は、婚約が決まってから急遽勉強を始めた。
海を挟んですぐ隣の国なので言語や基本的なマナーが同じだったのが幸運。残りの時間を他の知識の習得に費やすことができる。
一夫多妻制の国だがどの妃も男児に恵まれず、皇太子の座が長い間空白だった。
そしてやっとお生まれになった男児がとても優秀であるという話は今までに耳にしたことがあった。魔法を得意とする人が多い国で、その皇太子も魔術師としての才がある……くらいは知っていたが、まさかそれがクロノス様だったなんて。
「ねえドロシー。こちらの資料に凄いことが書いてあるわ。なんとあちらの国では聖女に値する、神の力を授けられし者が30人近くいるらしいの」
「あの伝説と言われる変化の魔法を完成させた張本人、神に愛されし神童。と、こちらの皇太子殿下についてまとめた資料には書いてありますよ。……お嬢様、私とんでもない人を叱りつけてしまったのでは?」
打首でしょうか……と心配するドロシーを「クロノス様はうちの王族と違ってそんな野蛮な事はされないわ」と慰めながら、集めさせた資料を2人で次々と確認していく。
日中は仕事の引き継ぎに追われているので夜になってからの勉強会だ。
「……とにかく、クロノス様が凄い魔術師だというのは十分過ぎるほど理解できたわ。それよりも気になるのはジュピテール王国の経済情勢ね」
交渉の場でクロノス様は、ジュピテール王国の食糧危機による経済状況の悪化を、支援を打ち切る理由として挙げてきた。
向こうが対価として私を得る為にそう言ったのだろうが、それでも実際食糧の自給率はここ数年で大きく下がっているようだ。自給率が下がれば輸入に頼るしかないので、その分財源が必要となる。
「この資料で結論は分かるけど、そうなった過程が全然わからないわ」
隣国の情報を、短期間で内情まで詳しく集めるのは無理がある。基本データしかないので、その理由は想像するしかない。
「それでも、これだけわかれば十分ではないですか? あとは嫁いでからゆっくり状況を確認した後に対策を練ればよろしいのではないかと。それよりお嬢様は嫁入り準備を進めなくては。今日は全身にクリームを塗りますとお伝えしてあったはずですが」
「じゃぁ私は直接クロノス様にお伺いするから、その間によろしくね」
わからないなら直接聞けばいい。今までと違って、私にはこの指輪があるのだから。せっかく頂いたのだから、1回くらいは会話できる機能とやらを使ってみたかった。
「……お嬢様、私の話聞いていませんね?」
ドレスを脱がせられないじゃないですか! と何やらご立腹なドロシーを横目に、指輪に対して祈りを込める。
すると指輪がきらりと光り、その数秒後。私の目の前にクロノス様の等身大映像が映し出された。
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