幸せを手放して正解だった(4)
「それで、坊ちゃんはどちらの家の子ですか? 例え王家の子だとしても、うちのお嬢様に手を出しては容赦……あら? 白銀の髪」
ドロシーは私が白銀の髪に金の瞳の子を探しているのを知っている。そして、それが大切な人であることも。
「まさか……お嬢様、こちらのお方が?」
怒られたばかりでとても気まずいのだが、黙って頷く。
「ある程度事情を知っているという訳か。ならば話が早い。私の名はクロノス・ジュピテール。本日よりジェニファー・エディソン侯爵令嬢の婚約者となった。ずっと想い続けてやっとその座を手に入れた喜びで、思わず押し倒してしまったんだ。ジェニーに非は無いから許してやってくれ」
思わずではないでしょう。と思ったが、せっかく庇ってくれている所に水を差す勇気はない。
皇太子らしい綺麗な所作、外見年齢を遥かに上回るオーラを纏い自己紹介するクロノス様を見て、ドロシーは目を丸くする。
「ジュピテール……まさか皇太子殿下?」
こんな茂みの中に皇太子殿下が? 侯爵家の庭の茂みですよ? と私に確認してくるドロシー。
そうですよね、信じられないかもしれませんが、皇太子殿下です。そんな思いを込めて黙ったまま大きく頷く。
「……大変失礼いたしました。いかなる処罰でもお受けいたします」
「いや、構わない。悪いのは私だから。それでも何か、と言うのであれば私の可愛いジェニーの愛らしい日常を逐一報告してくれるとありがたいね」
そんな言い方したらもはや脅しじゃないですか! と言っていいのかは分からない。
「また後日ご報告差し上げます」
なんでも無い顔して普通に受け入れているドロシーもドロシーである。私の大切な侍女をクロノス様の配下として奪われてしまったような、なんとも言い難い複雑な心境になってしまう。
「さて。邪魔も入った事だし、そろそろ帰らなければ。今頃ヴェストリスの王宮に置いてきた配下達が私を探し回っているだろうからね」
本当はまだまだ聞きたいことが山積みなのだが、護衛するはずの皇太子が隣国内で失踪してしまい、失態で慌てる配下達の姿を想像すると、あまりに可哀想で。引き止める気にはならなかった。きちんとお見送りしようと思い立ち上がる。
「……引き止めてはくれないのか?」
クロノス様が少し寂しそうにして問うてくるが。
「また遅くとも三ヶ月後には夫婦としてお会いできるのでしょう? 寂しくないと言えば嘘になりますが、先の見えない暗闇にいた頃に比べれば全然ですわ」
「……そうか。では、仮ではあるがこれを渡しておこう」
私の左手を手に取ったクロノス様が、薬指に指輪を滑らせる。測ったかのようにサイズのぴったりな銀色のそれは、もみの葉が模様としてぐるりと一周刻まれている。
かつて私が聖女の力を使っていた頃、その力を封じるために浮かび上がっていた痣と同じ模様だった。
「もしかして婚約指輪ですか?」
夕日を反射してきらりと光るそれは、宝石類が付いていないにも関わらず気品ある輝きを放つ。
よく見ればクロノス様自身の左手にも同じような指輪が嵌めてあった。しかし微妙にデザインが違うのか、もみの葉ではない模様が見える。
「そうとも言える。私の魔法とゼウスの加護を混ぜ込んで作った物だ。色々と便利なように作っておいたから、勿体ぶらずに肌身離さず持っておいてくれ。なんと、離れていても祈りを込めれば私と会話出来るという優れものだ」
……今、さりげなくすごい発言をされた気がします。
「あの、クロノス様。1つだけ教えてください。ゼウス様の加護というのは一体?」
「そもそもこの世界の国というのは、管理者として後方に神が付いている場合が多い。例えばヴェストリス王国は時の神、ジュピテール王国は全知全能の神、ヴェニュス王国は愛の女神。そして神の力を使う者、この国で言う『聖女』はどの国でも存在し、その性別人数に限りはない。私はジェニーにしか与えなかったが、これは各神が自由に決めることだ。そして私は昔のよしみでゼウスの力を授かり、自分の体内に眠る魔力と共にゼウスの力も使う。それだけだ」
つまり。私の目の前にいるこのお方は、元神様のジュピテール王国の皇太子で、国で片手に入るほどの魔術師で、ゼウスの加護を授かるこの国で言うところの「聖女」。しかも美少年。
……とんでもないハイスペック人間になりすぎていて、それは神を辞めたと言えるのだろうか? 限りなく神に近い人間ではないだろうか。
私なんて今回は聖女ですらない、ただの侯爵令嬢なのに。こんな人の元へ嫁いでも大丈夫なのかと不安になってきた。
「相変わらずクロノス様がとんでもない能力をお持ちのお方なのだと、よく分かりましたわ」
「ジェニー、自分だってずいぶんと高嶺の花に成長して、私に苦労させた事を忘れるなよ? 本当はもっと早く迎えにきたかったというのに」
最後に指輪をはめた左手の甲に口付けて。「また会いにくるよ」と告げたクロノス様は白銀の光に包まれその場から消えた。
ドラゴンになって飛んでいくのだと思っていたが、まさか転移の魔法も使えるのだろうか。転移の魔法は魔力の消費量が大きく、おそらくヴェストリス王国には扱える魔術師はいない。凄いと思ったが、同時にこの魔法は二度と見たくないとも感じた。
……クロノス様が消える瞬間を見るのは、もうあの5歳の時だけで十分。
私が神様としての彼を消してしまったあの時だけでいい。
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