幸せを手放して正解だった(3)
「……私は、お嬢様をそのような子にお育てした覚えはありません」
私は知っている。ドロシーは怒る時にはしっかり怒るタイプだということを。
例えば夜ベッドの中に経営学の本を持ち込んでいた時には、寝ながら本を見るなんて休息にならないと叱られ本を没収された。
以前の時の話を出すなら、夜中に甘いものが食べたくてジャムまみれの紅茶を作って飲んでいたのが見つかった時もかなり怒られた。これは神様であったクロノス様にも見られていたそうだが……とにかく怒らせてしまったからには謝らなければならない。
「ごめんなさいドロシー……心から反省しております」
「そこの坊っちゃんも。どこのどなたかは存じ上げませんが、うちのお嬢様に手をだしたのですから、ただじゃおきませんよ」
芝生の上に座りお叱りを受けている私の横で、同じく座ったまま叱られるクロノス様。
元神様かつジュピテール王国皇太子殿下をこんな目に合わせても良いものかと心配したが、案外クロノス様がケロッとしているので拍子抜けしてしまう。
「ジェニー、私は身分を明かした方が良いのだろうか。それとも黙ってその辺りの子供を装った方が良いか?」
横からこっそりと小声で尋ねられる。
どうやらドロシーはこのお方が私の婚約者となったジュピテール王国皇太子とは気がついていないみたいだし、私の婚約すらまだ聞いていない状態のようだ。しかしここでその辺の子供を装ったとしても、後で正式に顔を合わせればバレてしまう。
「えっと、とりあえず身分は関係なく怒られます。間違いないです」
「……人間とは実に大変だな。いや、私も国に帰れば別方面でこのくらい叱ってくる奴らは沢山いるが」
クロノス様は神様としてではなく一国の皇太子として、1人の人間として生活基盤を持ち生きていらっしゃるのだと、今更その言葉で……実感した。
私が長年一緒に暮らしたよく知っているお方のはずなのに、そうではない。
知らない。今の彼の事を、私は何も知らない。
過去、仕事、好み、趣味、恋愛歴。
――君はクロノスの事どれだけ知ってる?
いつぞやに、クロノス様の対となる時の神であるカイロス様から投げられた言葉。
私はこの言葉に当時不安を覚えた。それでもその後、長い時を一緒に過ごするだからこれから話し合って徐々に知っていけばいいという結論に辿り着いた。しかし……私があると思っていた「長い時」は存在しなかった。
神様であったクロノス様の事ですら、全てを知っている訳ではない。
だから人間となったクロノス様のことは……。
そこまで考えたところで、心の中でその思考を投げ捨てる。
違う。だからこそ私は、今から知らなければならない。あると思っていた時間が急になくなっても大丈夫なように、後回しになんてせず、常に前を向いて。今のクロノス様に向かって進むの。
「いいですかお嬢様。お嬢様は幼少期よりマナーも行動も完璧だったのであまり指導した事はありませんでしたが! 婚前にこのような男女での接触は本来」
「――悪かった。あまりジェニーを怒らないでやってくれ。私が長年の想いが通じて我慢ならなかったのだ」
クロノス様が立ち上がり、黙ってお叱りを受ける私を背に庇うようにしてドロシーの前に立つ。
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