幸せを手放して正解だった(2)
「正体が分かっていても、駄目です。こうでもしないと説明してくれないでしょう」
「……分かった。私の名前はクロノス・ジュピテール。ジュピテール王国の皇太子として生まれ変わった12歳の元神様だよ。これでもういいな?」
たったそれだけの説明で、私の口元の手を剥がそうとしてくるクロノス様。
「まだ駄目です」
「……なかなか焦らすね。魔法の先進国であり、全知全能の神ゼウスが管理する国でもあるジュピテール王国。その中で片手に入る魔術師で、なかでも得意な魔法は変化の魔法。もう時の神ではないから時間を操ることはできないが、ゼウスの加護を受け様々な魔法や力が使える。この姿は変化の魔法を使った変装だ」
待って待って。
今の一言にものすごい情報量が詰まっていた気がする。
ゼウス様の管理する国?
片手に入る程の魔術士?
変化の魔法にゼウス様の加護?
聞きたいことが山積みでどれから聞いていいのか優先順位に困るし、きっとそこまで悠長に話している時間はない。なら一番に聞くべきことは
「何故そのような立場であるクロノス様が、こんな所にいらっしゃるのですか!」
隣国の皇太子が訪問されるとなれば、本来国を挙げて歓迎するものなのに。
「どうしてって、自分の花嫁くらい自分で迎えに行くに決まっているだろう。他の奴に、ジェニーを得る為の交渉なんて任せられん。それに、私がどうしてもジェニーに会いたかったのだ」
会いたかったと言われて悪い気はしない。
私だって13年間ずっとクロノス様を探して、待って……会いたかった。
「でも、ここはうちの……エディソン侯爵家の敷地内です。どうやってここまで?」
「どうやってと言われても、上から来た。ジェニーだって、昨日私が飛んでいるのを見ただろう。」
そう言いながらクロノス様は空を指差す。私を組み敷いた姿勢のまま。
「つまり魔術使用による不法侵入ですね」
そう言うと、さすがに気まずそうに目を逸らされた。
「……許せ。どうしてもジェニーと2人で話がしたくて様子を伺っていただけなんだ」
思わず笑いそうになるが、ここで笑って気を悪くされたらいけない。笑わないようにしつつ口元から手を離して、頬の上に垂れた黒髪を掴んだ。
「どうにも黒は見慣れませんね。色が違うだけで別人のように思えてしまいますわ」
「では髪は銀に変えよう。……うん、これで良いな? それとも、13年会わないうちに私のジェニーはまた恥ずかしがり屋に戻ってしまったのか?」
スッと髪の色が白銀に変わった。どこからどう見ても前に一緒に暮らした神様だった頃の姿に油断して身を任せそうになってしまうが。ハッとしてクロノス様の胸板を押し、止める。
「クロノス様、そのお体の実年齢は12歳でございましたよね?」
「そうだ。それは、戻った方が良いという意味か?」
淡い白銀の光がクロノス様を包み、私を組み敷いていた男性の姿が、昨日見た少年の姿となる。
「……ならば、駄目です。手を繋ぐまでにいたしましょう」
「どういうことだジェニー。せっかく13年ぶりの再会を果たしたのにこんな仕打ち……。まさか、無理させてしまったから私の事は嫌いになったのか? では好きになってもらえるように頑張るから、少しくらい……」
一体何のことを言っているのかと思ったが。そういえば、前に殺してくれと頼まれた時に、そういう事も言った気がする。
「クロノス様の事は変わらず愛しておりますわ」
「ではなぜだ! まさかあのフォードとかいう男に惚れていたのか? それとも以前婚約者だったバートンとかいう男の方か?」
わなわなと震えるクロノス様。正直、元々がこの世の造形とは思えない程の美しさだったのだから、その少年時代の顔は美少年でとても可愛い。ついそれで陥落しそうになるが、横に首を振る。
「クロノス様、その年齢は人間では子供という扱いになります。いくら中身がクロノス様だといえども、積極的な身体的触れ合いは控えるべきでしょう」
私は決して間違ったことは言っていないはずだ。こんな……本気で泣きそうなクロノス様なんて今まで見たことないけど、絶対に私の方が正しい!
多大なショックを受けてしまったらしいクロノス様は私を解放し、横の地面に額を付けてうずくまった。
「……やっぱり全て秘密にして、無理矢理連れ去るべきだった。これだから人間は……」
「やっぱり人間になんてならなければよかった、ですか?」
後悔するような言葉に、ついそう問いかけてしまう。
「いや、面白い。食べぬと腹が空くのも、怪我をしてもすぐに治らないのも、1人で出来ない事が多く不便なのも。全て、これがジェニーが言っていた事なのだ、ジェニーが感じていた事なのだと理解できて嬉しかった。愛しい人を想って待つ時間がこれほど幸せだったことは未だかつてない」
蹲ったまま顔だけこちらに向けて「本当に人間になってよかった」と言うその表情に嘘があるようには思えない。
あぁ私の苦しみは無駄ではなかった。
これ程喜んでくれるなら……私は、あの時に幸せを手放して正解だった。
「しかし前のようにジェニーに触れられぬのだけは拷問だ。私はそれを心の支えとして耐えてきたのに。そうだ、13年待ってくれたジェニーにも褒美が必要であろう? 姿が気になるというのなら以前と全く同じ姿になるから、それで……」
「だから、駄目です!」
何がなんでも自分の思うように事を進めたがるクロノス様をどうにかして止めなければ……とその頬に口付ける。軽く触れるだけのものだが、それでもクロノス様の子供らしいまだ柔らかい頬に控えめな紅の跡がついてしまう。
「……頬までにいたしましょう。国によってはこの程度なら親しい者同士の挨拶にもなるらしいので、ギリギリ大丈夫かと」
「なんだかくすぐったいような気持ちになるな。……しょうがない。しばらくはジェニーの思う正しさに合わせてやろう」
どことなく神のペースが抜けていないというか、どことなく人間になりきれていないような感じのするクロノス様は「今は負けておいてやろう」なんて言いつつ再度私の上に乗っかってくる。今度は少年の姿なので、囚われている感は無い。
「ちょっとクロノス様!?」
「ジェニーからしても良いということは、私からするのも許されるはずだな?」
頬にキスするだけなら、この体勢である必要は無いと思うのですが。と思いながらも受け入れていると……あまりにも口付けが執拗で。
「ちょ、だから待ってくださいクロノス様。そんな執拗にするのはちがッ――噛むのは無しです! ひゃぁっ」
変な声が出た、その瞬間だった。植え込みの茂みがガサガサっという音で開かれる。そして見知った人物が現れた。
「……お嬢様」
――魔物に乗り移られたのかと思うほど恐ろしい顔をしたドロシーが、そこに立っていた。
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