私が幸せになれそうな数字(4)
私は絶対にヴェストリス王家には嫁がないし、必ずクロノス様の元へ辿り着く。
そのためにはクロノス様がどの国にいらっしゃるのか把握しなければならないのに……この展開だと、ヴェストリスに残るかジュピテールに行くかの究極の2択を迫られてしまう気がする。
やっぱり昨日お会いした時に、何がなんでも詳細を聞いておくべきだった!
「それは失礼いたしました。決して贄などではございません。歩けば淑女、口から出づる政策は神のお告げ、微笑めばヴェストリスの聖女とも比喩されるエディソン侯爵家自慢のお嬢様を、ジュピテール王国皇太子の花嫁として迎えたいのです」
花嫁という言葉にぴくりと肩が跳ねた。
「駄目だ。ジュピテール王国は一夫多妻制だろう。そんな中の1人にされるのであれば、こちらの損失の方が大きい」
貴方が私のお父様なのですか? という程バートン様が断りを入れ続ける。きっと弟のフォード様の為なのだろうが……私の隣に座っている本物のお父様は沈黙を守っていた。
そしてバートン様に続いてフォード様も口を開く。
「……ジュピテール王国の皇太子は、他国の王子の婚約者を娶り侍らせる趣味がおありですか? 確か僕と年齢は大差なかったと記憶しておりますが」
だからフォード様の婚約者になった覚えはないのですが、ここで口を挟むと大変な事になりそうなので様子を見守る。
フォード様は「1人」と「国の利益」の選択なら「国の利益」を取る側の人間だと思っていたが……ここまで静かに怒りを露わにするとは思わなかった。
「皇太子は自らの妻はジェニファー様1人だけにすると明言されています。それに、こちらもジェニファー様でないと納得されないのですよ。たった1人の後継なのに子孫を残せないなど、国存続の危機です」
「では他の令嬢では代わりにならぬのか」
ジュピテールの交渉担当者が頷く。そして私に向かって問いかけた。
「こちらにいらっしゃるご本人にお尋ねしましようか。今までと同等の援助を貴女と引き換えにお約束します。他に何が必要ですか? どうすれば私の元へ来てくださいますか?」
最後の言葉の言い回しが引っ掛かった。この人は『皇太子の婚約者』として私を求めたはずなのに?
「……貴方は約束を必ず守ってくださいますか?」
「勿論。それは昨日身をもって感じていただいたはずです」
――ああ、そういう事。
きっとジュピテール王国は、初めから支援を減らすつもりなんて無かったのね。
「では……ヴェストリスの魔術師が育つまで、ジュピテールの優秀な魔術師を貸してください。『私が幸せになれそうな人数』をご提示いただけたなら、そのお話即決いたしますわ」
「ならば決まりですね。108人ご用意いたしましょう」
即座に出されたその数字に確信が持てた。私が《108回目》でクロノス様と共に暮らしたことを、この人は理解している。
目深にフードを被った交渉担当者の顔が見える。黒い髪に黒い瞳。その持つ色こそ違えど、顔の造形は私と長い時を一緒に過ごした頃のままのクロノス様だった。
「ジェニファー!」
バートン様が煩いが関係ない。私はこの瞬間、自分でジュピテール王国へ嫁ぐと決めたのだ。
「この身と引き換えに今まで通りの支援にプラスして、優秀な魔術師を貸していただけるのです。108人も魔術師が増えれば、国の安全も遥かに保ちやすくなる。これは、財政難にあるというジュピテール王国が用意してくださった最大限の我が国への結納金とも言えるでしょう。……無下にするべきではありません。我が国の利益を考えても、お受けするべきです」
バートン様は心配そうにフォード様の様子を確認するが、彼は俯き黙ったままで何も発言しなかった。
「……しかし、皇太子はまだ12歳と幼かったのでは?」
「そちらのフォード様は10歳ですよね? ジェニファー様は18歳。年齢差では、こちらの方が良いと思いますよ」
なんとかフォード様を援護しようとするバートン様だったが、発言が盛大なブーメランとなって返ってきてしまっている。
……だからこの人を交渉のテーブルに付かせるのは危ないのです。それでも今回は逆にそこに助けられた部分も大きい。
「それにこのお話だと、私に期待されているのはジュピテール王国の財政面の建て直しでしょう。そこを私が改善出来れば更にヴェストリスの利となる。そうですよね?」
「その通り。皇太子は、ただ美しいご令嬢をお迎えしたかった訳では無いのです。貴女だからこそ意味がある」
やはり神様だった頃のクロノス様の顔そのままな彼を、どういう原理なのかと見つめる。
年齢を考えると昨日お会いした白銀の髪の少年がクロノス様で、且つジュピテール王国の皇太子なのだろう。ならばこの人は何者なのだろうか。発言からすると、私と一緒に暮らした記憶を持っているクロノス様としか思えない。
ジッと見つめていると、声は無いが口だけが「後でね」と動いた。
……大事な部分をなかなか話してくれないところが、以前と中身が変わってないそのままなクロノス様のような気がする。
「……負けだ。エディソン侯爵、何か言うことはないのですか?」
負けを認めたバートン様が、この話題になってから一度も口を開いていないお父様に話を振る。
「私は、娘の結婚に関しては口出ししないと約束しています。ですから、娘がそう言うのなら何も言う事はありませんし、その判断を信じていますので。それを叶えてやるだけの策も、資金も、人脈も……エディソン公爵家は用意してみせましょう」
これは暗に、私の背中を押してくれている言葉だ。望むのならば行けと、認めてくれたのだ。
「……フォード」
バートン様は最後にもう一度フォード様に声をかけた。本当に弟思いの兄だ。
「分かっております兄上。王族たるもの、国の利益を一番に考えるべき。……ジェニファー様もそうされた。だから僕もそうしましょう」
フォード様は俯いたまま答える。
まだ10歳と多感な時期に、このように無理矢理納得させるような事はしたくなかったのだが、どうにも話をうまく進めることが出来なかった。フォード様の気持ちを考えると、断ったのはこちら側のはずなのに心が痛んだ。
「ジュピテール王国は皇太子こそ1人しかおりませんが、皇女なら何人もおります。我が国がフォード様の婚約者候補を奪ってしまった事になるので、代わりにこちらから皇女を差し出しましょうか」
少し場がしんみりとした所で、ジュピテール王国側から爆弾発言が投下される。火に油を注ぐような内容で、思わず私もギョッとしてしまった。
「結構。必要ならばまた声を掛けるが、フォードにとってはジェニファーでなければ意味がないだろう。それを無理矢理奪った事、肝に銘じておけ」
クロノス様の顔をしたジュピテール王国の交渉担当者は、その言葉を聞いてもただ美しく微笑むだけだった。
「……僕はまた、守れなかったんだね」
そうぽつりと呟いたフォード様の声は、私たちには聞こえなかった。
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