チャンスを掴む力(3)
「それで、聖女様のお力は奇跡を起こすとおっしゃいましたが、具体的にどのような事が出来るのですか?」
移動した部屋にはポツンとベッドがあるぐらいで、特に座れる場所があるわけではなかった。立ち話が失礼だと言っていた割にはなので、本当に2人きりになるのが目的だったのだろう。
逆に歓迎されお茶菓子なんて用意されてしまったら毒の混入を気にしながらになってしまうので、対ヘレンならこれくらいの方が都合がいい。
「例えば怪我を治すとか、好きな人に振り向いてもらいやすくなるとか、そんな感じ。でも治る見込みの無い傷には効かないし、死んだ人も蘇らない。恋愛も全くの脈なしだったら無理だし、だから奇跡っていうかぁ……チャンスがあるならそれを掴める力って言う方が近いかも」
2人きりになった途端、先程までの甘えるような口調は息を潜める。
ヘレンの話から考えると、先程のアーモンド口いっぱい事件の真相は、栄養素の摂取によって回復の可能性を少し上昇させる事でチャンスを生み出した……という事だろうか。
「チャンス……。それは凄いお力ですわ」
以前のヘレンは男性に媚を売ることによって成り上がりバートン様まで陥落させた。つまり自らの体を使う事によって男性に恋愛感情を抱かせる確率を上げ、聖女の力によってそのチャンスを掴む。
……ヘレンは偽物ではなかった。以前の私と同じ、神様の寵愛を受けた本物の聖女だ。その寵愛をくださった神様が私とは違うだけ。
「……ジェニファー様にもかけてあげよっか? 私の聖女の力」
「え? ありがたいお話ですが、私自身には奇跡を起こしたいような事柄が特に無いですから」
ヘレンの事だから純粋な気持ちで提案してきた訳ではないだろう。今回のヘレンにはまだ何もされていないのに疑ってかかってしまっているのは申し訳ないが、何の力も持たない私は極力安全牌を取り続ける必要がある。
「あのさぁ、迷惑してるんだよね。どこに行っても『高貴なジェニファー様』と比べられちゃって。不出来だって、王様とか王妃様にも言われるし。だからこうやって聖女の仕事をして地方の教会へ逃げてる」
それはチラッとバートン様もおっしゃっていた話だった。
「貧しい子爵家を支えようと奔走してたらいつの間にかこんな力が使えるようになって。教会に相談に行ったら聖女だってもてはやされて、とんとん拍子で第一王子の婚約者になってラッキーだと思ったら、貴女が憎いほどに邪魔なの。聖女の力で誤魔化してるけどさぁ、マナーとか勉強も苦手だし。貴女がいる限り、比較対象としてずっと言われ続ける」
次期王妃ならばできなければならない……以前の私はその考えでずっと幼少期から苦労してきた。そのおかげで私は今上手に立ち回ることが出来ているのだが、当然ヘレンにも以前の私と同じことが求められる。
苦労している時に、身近に完璧とも言える比較対象がいたら……私だって嫌だ。
「だから聖女の力で協力してあげるから、さっさとヘレンの周りから消えて欲しい。お上品で高貴なお姫様は、王族との結婚話を断ってまでやりたいことがあるんでしょ? フォード様だけじゃなくてバートン様まで貴女を気にしだして、本当に邪魔。私の居場所を奪わないで」
……ヘレンからは私がそんな風に見えていたんだ。
はっきりと厳しい口調で邪魔だと言われているのに、私は……変かもしれないが、嬉しいとさえ感じた。以前は私を処刑してでも蹴落としてのし上がる事ばかり考えているように見えたヘレンが、私に処刑ではなく願いを叶えて去ることを希望したのだ。
このヘレンにならば……きっと私は処刑されずに済む。214回目の斬首刑はなさそうだと考えると、本当に嬉しかった。
「では、正直にお話します。私には……愛している人がいるのです」
このヘレンになら伝えてもいいと思った。むしろ、こちらからはヘレンの邪魔をするつもりはないと、伝えておかなければ。
「幼い時に離れ離れになって、今はどちらにいらっしゃるのか、そもそも生きていらっしゃるのかも分からないお方です。私はその人と結ばれる為に、ずっと婚約のお話はお断りしていました」
真っ直ぐにヘレンの瞳を見つめ、続きを話していく。
「相手が王族であったとしても、私は決して縦に首は振りません。結婚を強制され逃げられないのであれば、私は自害を選ぶでしょう。……それくらいの覚悟を持って、愛している人がいます。だから貴女のバートン様を奪ったり、邪魔をするつもりは全くありません」
「邪魔をするつもりが無くたって、邪魔なのよ。だって周りの皆んなが、勝手に比べてくるんだもの!」
ヘレンが言いたいことはよく分かる。私が邪魔をするつもりがなくとも、結局のところ関係ないのだ。
「じゃあなんでそんなに真面目に完璧なお姫様やっているのよ! 良い男を捕まえたいからやってるんじゃないわけ!?」
「貴族として真面目に職務をこなすのも、常に前を向いて背筋を伸ばすのも全て、そのお方が好いてくれた姿でありたいから。……本当の私は、民なんて二の次で愛する人の事を優先してしまう、人の上に立つのには不向きな人間です」
実際に、以前の私はヴェストリスの事を見限った。クロノス様と2人で暮らす幸せを選択して。
「だから、私からしても邪魔なんです。貴女を比較対象に出してきて、私を王宮に取り込もうとする人達が。お願いですから、愛する人を探す邪魔をしないでください」
共通の敵を持つ者は、味方。その理屈で説得すれば、きっと伝わると思った。
「……相手の名前教えなさいよ」
「当時はクロノス様とお呼びしておりました。今も同じお名前なのか、そもそもこの世にいらっしゃるのかも分かりませんが」
ドロシーにも教えていなかったクロノス様のお名前を、このヘレンにだけは教えることにした。言わないと信じてもらえ無さそうだったし、失礼かもしれないがあまり教養のないヘレンなら言っても大した問題にはならないだろうと考えたからだ。
「……それこそ聖女の力でどうにかなるじゃないの。さっきはよくも奇跡を起こしたい事は無いなんて言ったわね?」
ヘレンがこちらに歩み寄ってきて、グイッと私のドレスの胸元を掴む。
「力、かけてあげるからさっさと相手見つけて来なさいよ。これで見つからなかったらチャンス無しだから諦める事ね。で、私の前からさっさと消えてくれる? それが一番お互いにとって良いでしょ」
「そう……ですわね。先程は嘘をついてごめんなさい。家族にも隠していた事だから、咄嗟に誤魔化してしまったの」
まさかヘレンに言う事になるとは全く考えていなかったけれども。
素直に謝ると「まぁいいわ。そんな話公にしたら、家に軟禁されたっておかしくないご身分だろうから」と納得してくれ、掴まれていた胸元のドレスも離される。そしてその手を今度は私の肩の上に乗せた。そこから少し温かい力が伝わってきたと同時にあたりに眩い光が放たれる。
……これで、やっとクロノス様にお会いできるのかしら? そう考えながら目を閉じる。
「は? ……なんでまともにかからないのよ」
光がおさまり目を開けると、奇妙な顔でこちらを見てくるヘレンがいた。信じられないといった様子で、今度は両手を私の肩の上に置いて、もう一度聖女の力を私にかけようとするのだが。
……ただ光るだけで、どうやら上手くかからないらしい。
「もしかして、チャンス無し……という事でしょうか」
2回も失敗するということは、そういう事なのではないだろうか。ショックで思わず語尾が震える。
「チャンス無しならそもそも光らないから違うわ。こんな事今まで無かったのに……まるで何かに弾き返されているような」
以前私が聖女だったときであれば「聖女の力同士で反発しているのかな」程度に考えたかもしれないが。今の私は普通の人間だ。
「ねぇ貴女、本当にこの世の人間? その体凄く違和感があるんだけど」
ヘレンのまさかの発言に、すぐに返す言葉が見つからなかった。
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