私を213回処刑した男
――ずっと好きだったんです
フォード様の声が頭から離れない。……勿論、ときめきの方向で離れないのではありません。どうやってあの純粋な眼差しから繰り出される求婚を断ろうか、いかに傷つけずに断ろうか、と悩みすぎているのです。
フォード様は黙ってしまった私を見て「困らせて申し訳ありませんでした。返事は後日でいいですから」と今日はもう解散にしてくれた。本当にあのバートン様の弟なのだろうか……と思ってしまう程完璧な対応。欠点が見つからない程良い子なのに、どうして私なのか。もっと年齢が近いご令嬢で相応しい子がいるだろうに……。
お手洗いをお借りしてから帰ろうと、気分上はフラフラ、実際はしっかりと王宮の回廊を歩いていると、今世ではもう二度と会話を交わしたくなかった人物の声が聞こえてきた。
「……お前か、フォードを誘惑した赤毛の馬鹿女は」
カチンときた。
馬鹿に馬鹿と言われたくないし、今回は碌に接したこともないのに馬鹿呼ばわりするとは何事か。それに、私の髪は赤ではなくオールドローズ。ピンク寄りなのに赤赤赤って、以前と全く変わってない。
振り返るとそこには、私の首を213回も切り落とす命令を出した張本人、憎きバートン様がいた。
「あら、光の加減で赤くお見えになったかもしれませんが、ピンクですのよ。バートン様の婚約者様が茶髪なので、対比で赤味が強く見えてしまったのかもしれませんわね」
向こうがこの態度なので、きちんと礼をする必要も無いだろう。どうせお前は愛しのヘレンしか見ていないのでしょう!? という嫌味を込めて笑顔で対応する。
「ヘレン? 確かに茶髪だった気がするな」
「確かって……あぁ、髪色はどうでも良い程愛していらっしゃるのですね。羨ましい限りですわ」
どういうことだろう。自分の婚約者なのに髪色すら覚えがあやふやだなんて。以前はあんなにベタベタしていたのに……もしやバートン様は女性の顔・体にしか興味がなくて、髪なんて見ていない野生的な趣向をしていらっしゃる?
「それよりも、お前。エディソン侯爵令嬢に話がある」
「私の名前をご存知だったのですね。でしたら初めからそう呼んでいただきたかったのですが」
私の嫌味オンパレードの発言は完全にスルーされてしまう。いや、スルーというよりは気が付かれていない可能性の方が高いかもしれない。
「お前、フォードと婚約するのか。昔、私との婚約話は蹴ったくせに」
いいえ、婚約しません。キッパリそう言ってしまいたいが、このバートン様からあらぬ形でフォード様に話が伝わってしまってはいけないので誤魔化すことにする。
「今日はお話があっただけですわ。まだ何も決まっておりませんし、早急にその場の感情で結論を出すべきでは無いと考えておりますの」
あくまで「決まっていない」というスタンスを全面に押し出していく。心の中では完全に決まっておりますが。
「どういうつもりだ。その年まで婚約者ができなかったからと8歳も年下のフォードに手を出すなんて、王家を舐めているのか。私の弟に色目を使うなんて許さん。そんな奴を王家に入れるわけにはいかない」
いや、話を持ってきたのはそちら王家側なんです。しかし真面目に弟を思って怒っているようなので、もしかするとバートン様は詳しい経緯を知らされていないのかもしれない。
……馬鹿すぎて教えてもらえなかったのでは? とは口に出せません。
「弟のフォード様を大切に思っていらっしゃるのですね。私には兄弟がおりませんので、その兄弟愛が美しく眩しく見えますわ。……あぁ、眩しすぎて少し眩暈が。申し訳ございませんが御前を失礼させていただきます」
勿論眩暈なんてしていない。そのまま足早に去ろうと思ったのだが、まだ何か用事があるらしい。「待て!」と引き止められる。
「まだ何か……?」
さっさと視界からこの人を消し去りたいのに、なんてしつこいのだろう。
「堅物のお前が大真面目に貴族の職務とやらを遂行するせいで、私に皺寄せがきて困っている。婚約者のヘレンがお前と比較され悪く吹聴されるじゃないか。何故聖女の立場を立ててやらないんだ」
……自らの堪忍袋の緒が切れる音がした。この人に振り回されるのはもう散々だ。こんな人を以前想っていた時期があっただなんて信じられない。
「ご心配は不要ですわバートン様。だって私、今日のお話はお断りするつもりでしたの。王家に嫁ぐなんて……絶対に嫌です! 二度とこんな場所に足を踏み入れたくありませんわ!」
「王宮をこんな場所呼ばわりするだと!? ジェニファーお前、堅物だと思っていたが意外と面白い女だな……」
我慢ならなかったので、他にもバートン様はぐちゃぐちゃと何か喋っていたが完全に無視して帰った。
後から何かお咎めを受けたら「眩暈がすると申し上げたはずなのですが……吐瀉物で王宮を汚してはいけないと思い帰らせていただきました」と言い訳するつもりである。せっかくフォード様をいかに傷つけずにお断りするかを考えていたのに、今頃バートン様から伝わってしまっているかもしれない。
……やっぱり、王宮になんて行かなければよかった!
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