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何年も何十年も、何百年も

 聖女は神から分け与えられた力を使う者を指す。自己の内なる力を使う魔術師とは似て非なる存在であり、その定義からすると私は聖女のようだと比喩されても聖女様ではない。

 だって今の私は神の力を授かっていないから。


 だから今回私は第一王子であるバートン様の婚約者という座には就かずに済んだ。聖女でなくとも侯爵令嬢は王族の婚姻相手として添えられがちであるが、就かなくて済むような状況になったのだ。

 狙って避けなくとも、私が11歳の時にヘレン・オリバー子爵令嬢という聖女が出てきたからである。


 以前の記憶がある為に苦手意識があり、極力接しないようにしてきた彼女は……今何をしているのだろう。

 以前はあれほど派手な性格で私を処刑してやろうと喧嘩を売ってきていたのに、第一王子であるバートン様の婚約者として内定したという話以外は碌に聞かない。




「……聖女様は普段何をされているのかしら」

「王宮に勤めている親類に聞いた話によれば、王妃教育で音を上げているとか。覚えが悪くてやつれてしまっているという話も聞きますが、先日慰問で見かけたという兵士によれば元気そうだったとのことですよ」


 村での視察を終え帰ってきた日の夜。湯に浸かりながらドロシーになんとなく聞いた質問だったのだが、意外としっかりした筋からの情報が返ってきた。


「その兵はついでに怪我を治してもらったとかで、喜んでいましたね。ハァ……うちのお嬢様の方がよっぽど聖女らしいのに、何故聖女で無いのでしょう」


 薔薇の花びらを千切っては湯に投げ入れる作業をしているドロシーは、残念そうに溜息を吐いた。


 私はもうバートン様の婚約者になんて二度と、一生、絶対になりたく無いので、聖女に戻りたいかと言われればNOだ。

 王族との婚約という枷が無いのであれば歓迎だが、ヘレンがその枷を喜んで嵌めているのだろうから、その点についてはありがたいと思っている。


 しかし民衆の中には「どうせ子爵令嬢だろう」「エディソン侯爵令嬢の方が相応しい。聖女を婚約者とするより、能力が有る者を据えるべきだ」という心無い意見もある。

 それでも、この国は「聖女は王族へ嫁ぐ」決まりがある為ヘレンがバートン様の婚約者となるのだ。以前は憎たらしかったこのルールにこれほど感謝したことはない。



 それでも疑問が残らないと言えば嘘になる。以前私は間違いなく聖女だったのに、ヘレンが本物の聖女として現れ私を貶めた。

 私は自らの思い込みで「教会の関係者すら体で買ったのか」と見下していたのだが。……今回ヘレンはどのようにして聖女となったのだろう。私より1歳年下の彼女は、流石に10歳でその手段は使えないだろうし。



「さぁ……私とは違って本物の聖女様なのだから、きっと素敵な力をお持ちなのでしょうね。なんせ神様の寵愛を受けたお方なのですから」


 ドロシーが千切って入れた薔薇の花びらを、お湯ごと手のひらで掬う。ピンクの花弁がくるりと回転したその様子を見て、クロノス様が私の髪の毛先を弄んでいた姿を思い出した。神様に湯浴みは不要なのに、絶対私と湯に浸かると言って聞かなかったあの愛しい人は、今どちらにいらっしゃるのだろう。


「……寵愛?」


 突然、自分が言った言葉が引っ掛かりもう一度口にした。


 私はクロノス様に力を分け与えられた聖女だった。しかしよく考えれば、神様はクロノス様以外にもいらっしゃる。

 時々鏡越しに遊びに来ていたカイロス様に、好色と噂のゼウス様。他にもチラッとクロノス様の口から聞いたことのある神様の名前はいくつか記憶にある。

 もしかすると、ヘレンは本当に聖女なのかもしれない。クロノス様以外の神様から力を分け与えられた、寵愛を受けた聖女。


「頂戴? 薔薇が足りませんでしたか?」


 聞き間違えてしまったらしいドロシーが追加で花弁を投入しようとするので丁重にお断りし、口元まで湯に沈めた。


 聖女の力の源となるその『神様』が誰なのかは、この国では追求されない。私は偶然その神様がクロノス様で、時の力を使っていると知る事ができたが……ヘレンは誰からの寵愛でどのような原理の力を使っているのか。想像するが全くわからない。


 ……しょうがない。だって彼女が簡単な治癒や生活魔法を使っている姿しか見た事がないのだから、想像がつかなくて当たり前だ。

 冗談で言うならば、思いつくのは「好色の力」くらいだろうか? クロノス様曰くゼウス様はそういうご趣味のお方らしいが、全知全能の神様なので……ヘレンの振る舞いを見る限りきっと違うだろうなぁとか色々考えていると、ドロシーに声をかけられた。



「髪の手入れをさせていただきますね。本当にお嬢様はお綺麗になられて……もうすぐ『大好きな人』の所へ行ってしまうのでしょうか」


 髪に花から抽出したトリートメントオイルを塗りながら、ドロシーが感慨深げに呟く。


「そんなしょんぼりしなくたって、しばらくは大丈夫よ」


 だってまだクロノス様が見つかってすらいないのだから。しかし、そろそろ生まれ変わっていただかないと2人の年齢差がどんどん開いてしまう。今の時点で18歳差……子供を作るならギリギリな年齢差かもしれない。


「違います。私はお嬢様が婚礼衣装に身を包んだ姿を想像して感動していただけで、しょんぼりしているのはお嬢様の方ですよ」

「私?」


 しょんぼりしていた自覚はなかったのだが……言われてみればそうかもしれないと思った。


 いくら前向きに歩んでも、いくらクロノス様に向かって歩んでいるつもりでも、いまだにお会いする事すら叶わない。再開できると言い切ったクロノス様を疑うつもりは無いのだけど、それでも年々気持ちが焦ってくる。



 ……ずっと待つしかない。愛する人が再び現れる日を、何年も何十年も、何百年も。


 クロノス様が神様を辞め人間に成るのを切望した理由が、少し実感できたような気がした。

 

いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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