愛した人の欠片
その日の私は城下町から2時間程離れた村へ、護衛を何人か連れて視察に来ていた。
城下町から離れるほどに13年前の被害の痕跡は少なくなっていくのだが、逆に今現在魔物が出現し被害を被っているという場合がある。今回はそのパターンで、魔物が村の裏手にある橋を何度も壊していくのだという。
「こんな遠くまでわざわざありがとうございます。人間への被害が無かったものですから、国に兵士の派遣要請をしても無視されてしまいましてな。困っていたのですよ」
この村の村長だという初老の男性が、そう言いながら現場に案内してくれる。
国の兵士は王国中心部の復興に手を取られて忙しく、13年経った今でも増員数が必要人員に追いついていない。それでも以前聖女の力に防衛を頼りっきりだった頃に比べれば遥かにマシなのだが、それでも人的被害が無い案件はどうしても後回しにされてしまいがちである。
なのでこうやって貴族である我々が私財を投げうって補助に回っている訳なのだが、こういう案件こそ私が来なければならないものである事が多い。
村長に付いて歩いて行くと、すぐに橋が見えてきた。幅7m程の川に木製の橋がかかっているが、破壊されておりとても渡れる状態ではない。それに修復を繰り返した跡がある割には朽ちている部分も多く、異様だった。
「あの橋ですね。何度か修復したという事ですが……特に狙われるのはこちらから見て左側の橋脚部分でしょうか?」
「さすが噂のエディソン侯爵令嬢、ご名答でございます。他の部分も壊されますが、そこだけ異様に狙われるのですよ。何度直したことか……生活の足となる重要な橋なので本当に困っておりまして」
特に被害が酷いという橋脚に近づき、そっと手を当てる。どことなく懐かしい温かさがじんわりと手のひらに伝わってきて、ふっと笑みが溢れた。
「大丈夫ですよ。原因が分かりましたから」
思った通り、私が来なければならない案件だった。魔物がこの橋を狙う原因は……クロノス様の力だ。
クロノス様の存在がこの世界から無くなってしまったあの時。どこか上空で、ガラスが割れるような大きな音が響いた。
今思えばきっと私とクロノス様が暮らしたあの空間が、維持できなくなり壊れた音だったのだろうけど……それはキラキラとまるで霙のように降り、そのいくつかはこうやって地上にまで辿り着き建物などに刺さり残る。そしてそれに僅かに付着しているクロノス様の力の残骸を求めて、魔物がやってくるのだ。
今の私は神の力を分け与えられた聖女ではない。私に力を与えたクロノスはもう居ないし、そもそもその力をくださったのは以前の話。
今回に関しても最後の最後に私に注がれた大量の力は……クロノス様の願いの為に全て使ってしまったので、正真正銘私はただの人間。
それでも、聖女として生きてきた時の感覚は残っている。
橋脚をよく観察し、どこにクロノス様の力の欠片が埋まっているのかを探す。橋脚と地面の間が怪しいと睨みしゃがみ込んで手で少し掘ってみると、在った。かつて愛した人の欠片が。
「……こんな所にいらっしゃったのですね」
きらりと輝く水晶のような、大きさ1cm程の小さな破片を手に取り、ぎゅっと握る。そうするとそれはスッと消えていき、手の中から消え去った。
聖女の時に力を使っていたのと同じ感覚で欠片を消す事ができるのを知ったのは、私が10歳の時。お父様が私を補佐官として様々な現場に連れ歩いてくれたからこそ発見できた事だった。
「そんな事をされてはお美しい手が汚れてしまいますぞ! 地面を掘られるのであれば村の若者を連れて参りますから」
「もう解決しましたので大丈夫ですわ。お心遣いありがとうございます」
パンパンと手の土を払い立ち上がる。私の連れてきた護衛達は、私が汚れも気にせずに調査を行うのを分かっているので特に止めたり意見してくる事はない。安全上問題がない限りは見守る方針でいてくれる。
久しぶりに感じたクロノス様の痕跡に感傷に浸りそうになるが、そんな事をしている場合ではない。私はこの村を助ける為に来ているのだから。
「魔物が好む匂いがこの橋脚付近から出ていたようですわ。原因は取り除きましたけど地面にも匂いが移っていますので、数m離れた場所に橋を掛け直す事をお勧めします。水流も激しい場所ですから、できれば木製ではなくて金属を使った橋がよろしいかと。もしよろしければエディソン侯爵家が費用など工面いたしましょう」
橋が異様に朽ちているのもきっとクロノス様の力の影響だろう。時を操る力は、老朽化が早い物に対して特に強い影響を与えてしまう。
橋を橋脚から作り替えたとしても、地面に染み込んだクロノス様の力の影響が無いとは言えない。
「なんと! いやぁまさに噂通り聖女のようなお方……この村を代表してお礼申し上げます」
もう13年も苦しんできたんです、と涙しながら私の両手を取りお礼を伝えてくる村長。それほど喜んでもらえるなら来た甲斐があったというものだ。
「大丈夫ですよ。この村はヴェストリス王国東北部へ向かうのに便利な位置にあります。整備して交通の要所としていけばもっと発展するはずですし、橋もそのための投資ですわ」
ただ手伝うのではなく、極力それが今度の投資になるように。エディソン侯爵家が行う支援はそれを根本に据えたものであるように心掛けている。
「あぁ聖女様、本当にありがとうございます」
「……私は聖女ではなく、ただの侯爵令嬢です。私なんかが聖女を名乗っては『本物の聖女様』に怒られてしまいますわ」
嫌でも思い出してしまう、以前私が処刑されるきっかけを作り出した張本人の姿。口角を上げでニタリと笑いこちらを見下ろすような表情を浮かべる『本物の聖女様』の姿。……思い出すだけでゾッと悪寒が走ったし、正直に言うと今だに憎い。
「――危ないッ!」
1人の護衛の叫び声が私の思考を引き裂くようにして中断させ、反射的に身を低くする。つい先程まで私の胸部があったであろう場所に魔物の攻撃が飛んできて、後方にある木の幹に刺さった。
「ヒ……ッ! ま、魔物が」
すぐ横に立っていた村長が腰を抜かして地面にへたり込む。それと同時に私がエディソン侯爵家から連れてきていた護衛たちが一斉に魔物に向かって行った。幸い魔物は1匹だけ、飛行型でもないのですぐ倒せるだろう。
「大丈夫ですか?」
村長に手を差し出すと、「しばらく無理そうですな……」と断られてしまった。
「申し訳ございません、私のせいですわ」
「何をおっしゃいますか! 貴女様の護衛が叫んでくださったからこそ助かったのですぞ。私1人では死んでおりました」
村長はそう言ってくれたが、本当にこれは私のせいなのである。
以前と違い、私は聖女ではない普通の人間だ。それなのに……何故か私に魔物が寄ってくるのである。しかもその数は年々増えており、魔物への対策がしっかりしてきた城下町以外ではこうして護衛を付けなければ危険な状況になることも多々ある。
……まるで、以前18歳で処刑され死んだように、今回も何者かが私を18歳で殺そうとしているように思えてきてしまう。
今度こそは処刑されないようにする為、必死で王家を避けているのに……強制力が働いているようで怖い。
「お嬢様、魔物を仕留めました。攻撃を放った1体と、もう1体隠れていたので始末しております」
「ありがとう。もう1体いたのね、気が付かなかった……」
聖女の力が無い為王族と婚約しなくて良いのだが、だからこそ自分自身に戦う力が無い。誰かを守る力も無い。それがもどかしかった。
以前の私は聖女の力で大いに人々の役に立っていたつもりだったけど、それはクロノス様の力があったから。虎の威を借る狐でしかなかったのだ。
手の甲に何か冷たいものが当たった気がして空を見上げる。
ちらちらと粉雪が降り始め、空はどんよりと薄暗い。
もう冬がやってくる……処刑された、クロノス様と初めてお会いしたあの時期が。
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