心だけはあの時のまま
私はクロノス様を失い呆然と立ち尽くしていた所を、ヴェストリス復興の為に海を渡ってきた隣国の旅団に助けられた。
どうやら私は一ヶ月ほど行方不明となっていたようで、エディソン侯爵家は私の発見で歓喜に沸いた。魔物の襲来での死者負傷者の中に姿が無かった為に、もう戻ってくることはないと言われていたらしい。
あの時クロノス様とは一晩しか一緒に過ごしていなかったはずなのに……やはり神の空間と人間の空間では時の進み方が大きく違ったのだと実感した。
クロノス様の事を思い出しては涙を溢してしまう私を見て、エディソン侯爵家の人々は心配しながらも優しく接してくれた。何があったのかは言えなかったが、皆が「無事だったならそれだけでいいんだ」と、詳細を聞かずに受け入れてくれたのがありがたかった。
私を慰めようとお母様はその後1年間も一緒のベッドで眠ってくれたし、お父様はお仕事の隙間をぬって家族揃って団欒する時間を確保してくれるようになった。
皮肉な話だけど、こんな展開で以前私が切望した『家族と過ごす時間』を手に入れる事ができるなんて、思いもよらなかった。
そして、一度『愛する人と家族として過ごす時間』を知ってしまった私にとってそれは、水を飲んでも癒えないような喉の渇きを抱え続ける原因となったのであった。
大切な人が居なくともこの世界は何度も季節が巡り、時を刻み続ける。周囲の風景がいくら変わっても、私の体がどれほど成長しようとも、私の心だけはあの時のままだった。
嫌いになんて、なれる訳が無かった。
◇◇◇
「お嬢様。例の件の報告が届いたようですが」
自室のソファーに腰掛けて本を読んでいると、専属の侍女であるドロシーが一通の手紙を差し出してきた。お礼を述べて手紙の封を切り、中に入っていた短い文面をさっと流し見て小さな溜め息をつく。
「……あまり良くない結果だったようですね」
「そうなの。また失敗」
あれから年月が経ち、私は美しい紅葉が見頃の時期に18歳の誕生日を迎えた。
クロノス様と別れてからもう13年……私が初めてクロノス様にお会いした冬、以前私が処刑された時期がもうすぐやってくる。当然私は処刑されたくないしクロノス様との件もあるので、今まで何もせずぼーっと暮らしていたわけではない。
「仕方がないと思いますよ。毎年毎年、生まれてきた全ての赤子の外見を調査させるだなんて……失礼を承知で申し上げるなら、初めは気が狂ったのかと思いました」
まず、まだ外見年齢5歳だった私はお父様が熱心に進めていた婚約者探しを中断させた。
行方不明で神隠しに会ったと噂になった私は不良債権になっていたし「何かしら心に傷を負ったのだろう? 今後は好きに生きて良い」とお父様から言質を取った。お母様も「ずっとこの侯爵家にいればいいわ」と言ってくれている。
そして次に行ったのが、この『クロノス様探し』だった。必ずまた再会できるという言葉を信じて、生まれ変わってきた彼を探し出そうとしたのだ。
「必ず再会できる」のであれば、それは外見がそっくりだとか、当時の記憶があるとか、何かしらキーポイントがあるはず。だから出生届が出された国内の赤子全てを調査させ、白銀の髪や金の瞳を持つ者を探そうとした。
……しかし、毎年失敗に終わる。そんな珍しい外見を持つ者は我が国にはいないのだ。
クロノス様探しが上手くいかないので、他にも様々な手法を試してきた。例えば一番気合を入れておこなったのが、城下町の中心部の復興だ。
大きな緑化公園として整備されているそこには、元々高さ3メートル程の大きな石碑があった。魔物の攻撃によって大きく破壊されてしまったその石碑の中にあったのは、おおよそ700年前に生きていた前世の『私』の遺体が封じられた水晶。クロノス様の力によってそのままの姿で保たれていたそれは、クロノス様の存在が無くなったことにより消滅。元々風化していた上にボロボロになった石碑のみが残された。
幸運だったのは、クロノス様の力に吸い寄せられるようにして集まっていた魔物が出なくなったため、城下町に集中していた魔物の被害が減り分散したことである。
不運だったのは……その石碑を見た目上修復し、血を流した状態で呪文を唱えても、やっぱりクロノス様とはお会いできなかった事だ。
「でも諦める訳にはいかないの」
「はい、存じ上げておりますよ。大好きなお方なんですよね」
以前繰り返しの輪廻に巻き込まれた時も、このドロシーだけは最後まで私の側についてくれていた。それもあって、私はドロシーにだけはクロノス様の事を話し、協力してもらうことにしたのだ。
それでもクロノス様が神様だったなんて話は壮大すぎて出来ないから「神隠しに会っている間に巡り逢った、大好きな人」とだけ伝えてある。その人と結ばれたいからどうか協力してほしいと伝えた時のドロシーの表情は……今でも忘れられない。
「その方の為にお嬢様がとてつもない努力をなさってきた事は、このドロシーが一番よく存じ上げております。いつか巡り会える日がくると信じておりますが、お嬢様には少し休息も必要ですよ」
スッと目の前のテーブルに紅茶が入ったカップが置かれる。優しいラベンダーの香りが広がり、憂鬱になっていた気分を少しだけ緩和させた。
……以前処刑された日が徐々に近づいてきて、きっとストレスが溜まっているのだろう。
「そうかしら? 確かに頑張ってはきたけど、そこまででは……」
「いいえ。歩けば淑女、口から出づる政策は神のお告げ、微笑めば我がヴェストリスの聖女とも比喩される自慢のお嬢様でございますよ? この評判は元の才能もさることながら、日々研鑽を積んでいらっしゃる証です。」
それは外見年齢より遥かに長い年月を過ごしてきた為に積算知識があるだけで……とも思ったが、確かに毎日勉強を欠かしたことはない。その理由はひとえに『クロノス様の為』だった。
私が5歳の時の魔物の大規模襲撃の際、このヴェストリス王国は半壊した。13年経った今でも隣国の援助を受けながら復興は続いており、侯爵家である我が家はその復興に大きな責任を持つ立場である。
いつかクロノス様が生まれ変わりお住まいになる国なのだから立派に建て直さなくては……と、処刑され続けていたあの頃の知識を使いお父様の仕事に口を出し始めたのは8歳の頃。子供が口を挟むなと初めは否定的だったお父様も、私の提案が理に適っていると分かるとまるで私を補佐官のように使い始めた。今ではもう右腕といってもいいくらい信頼していただいている。
子供なのに遊ぶ時間も無い程に忙しくなってしまったが、精神年齢は50歳代のはずなので問題無い。「バートン様の代わりに王になるの?」と疑ってしまう程以前叩き込まれた知識が、今になってこれほど役に立つとは思っていなかった。
おかげで本来マナーや基礎的な勉学を学ぶ為の時間を全て実用的な知識の習得に費やすことができる。
誰かに「お辛くないのですか?」と聞かれた事があるが、そのように感じた事はない。だって、私の全ての時はクロノス様のものだから。このくらいの努力は当然だと思った。
「ふふ、褒めてもらえて嬉しいわ。今日のハーブティーも素敵な香りだし、いつもありがとうドロシー」
いつか再会するはずのクロノス様の為に。
それが今の私を前向きに歩ませる大きな理由だった。
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