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微かに感じた違和感はそのままに(3)

「さて、まずは私が1番君に謝罪しなければならない事から話そうか。ジェニーはずっと知りたがっていたね。何度も処刑前の一ヶ月間を繰り返さなければならなかった理由を」


 こくんと縦に頷く。私が1番知りたかった事なのに、これについてクロノス様は今まで絶妙にはぐらかすばかりで何も教えてくれなかった。


「教えなかったのは、知れば私を責めると思ったからだ。……前向きな君なら、こうすれば必死に抜け出す術を探し、私を呼ぶための呪文を見つけてくれると考えた。愛する人と会うために、敢えて愛している君を辛い目に会わせた……軽蔑しただろう? 何度も死刑前の一ヶ月間を繰り返したのは、私のせいなんだ」


 つまり私が107回処刑された原因を作り出したのは、108回目に救ってくれたクロノス様自身であった、と。

 ……私は少しだけ考えてから、『責めない』という意味で首を横に振った。


「苦しんだのは間違いありませんが、そのおかげで私はクロノス様にお会いできたのです。だから許しますわ」


 軽蔑なんてしない。クロノス様は700年以上私を待って下さった。いつ再び生まれるかも分からない私の魂を探して、ずっと。それを思えば私の繰り返しの生なんて、大した日数ではない。クロノス様の元へ辿り着くために必要だった期間だと考えれば、大切な時間だとすら思えてしまう。


「責めないのか? 君に嫌われる事を恐れて、隠すという臆病な選択をした私を」


 信じられないと疑いの目を向けてきたクロノス様だったが、私の表情を見て嘘がないと納得したのか、安堵したように大きく息を吐く。


「直向きに学び、常に前を向いて努力する姿。逆風の中でも凛としたその姿が愛おしいと、見守りながらずっと思っていたよ。私のせいでその逆風の中、立っているのにね。そのせいでジェニーを手に入れてからも、ずっと罪悪感が拭えなくて……こんな事なら早くに伝えておくのだった」

「もしやカイロス様の仰った『後ろめたい事』とは、これだったのですか?」


 それを私が勝手に『浮気だ!』と決めつけて……?


「その通りだ。神々の間では、私が1人の人間に執着して時空の歪みを発生させていると有名だったからな。当然カイロスも知っていただろう」


 ある程度納得したところで、顔から血の気が引いていく。私は無実のクロノス様に向かって、馬鹿だの浮気者だの罵倒してしまったという恐ろしい事に気がついたからだ。……いやいや、でもこれだけでは浮気を否定できないはず。


「……えっと、ではお急ぎでお仕事に出かけられた後、いつもと違う香りがした理由を教えてください」


 恐ろしさから震えてしまいそうになる声を誤魔化しながら問いかける。


「これもあまり言いたくなかったのだが、ジェニーがそのような誤解をするのであれば伝えておくべきだった。……人間であっても『ゼウス』という名は聞いたことがあるだろう」


 ――全知全能の神ゼウス。おとぎ話の中でしか聞くことのないような神様の名前だ。時の神クロノスが本当に存在したように、全知全能の神ゼウスも実在する神様なのだろうか。


「はい。詳しくは存じ上げませんが、神話の時代の書物では拝見するお名前ですね」

「彼は……その、大層好色でね。常に沢山の女性を侍らせているから、香りもそこから移ったのだろう」


 つまり、あの日はゼウス様にお会いして、その為に香りが移ったと仰りたいのだろうか? ……一体何の目的で、そんな匂いが移る程一緒にいらっしゃったと言うのか。先ほどとは別の意味で血の気が引きそうだ。


「それで、その女性好きのゼウス様と何をされていたのか、教えていただけますか?」

「……軽蔑しないで欲しいのだが」


 ゴクリと自分の喉が鳴る。


「カイロス経由で『お前がずいぶん長い間執着している女を渡せ。この全知全能の神ゼウスの愛人の座に就かせてやろう』と挑発され頭に来たから、殴り込みに行った」


 ――殴り込み?


「掴み合いの喧嘩から発展して地上の地形が一部変わる程激しい喧嘩をしていたなど、神としても1人の男としても恥ずべきだろう。そもそもゼウスの存在をジェニーに知られたくないし、仕事と嘘をついたのだ」


 しかも決着がつかず翌日に持ち越しになっていたなんて、相手がゼウスとはいえ力不足を恥ずべきだ。とても正直に言えなかった……と白状するクロノス様。その悔しさの混じりの表情を見る限り、とても嘘とは思えなかった。

 黙ったままの私を見て、クロノス様は焦ったように私の両肩を掴む。


「ジェニー! だから決して浮気などはしておらず、私の心はずっと」

「――ふふっ、馬鹿は私の方でしたね」


 思わず小さな笑いが溢れた。クロノス様はこれ程私だけを愛してくれていたのに、疑ってしまった。すれ違いから起こった悲劇だった訳だが、これではクロノス様の目線から考えれば『人間の男性を求めて出ていった馬鹿な女』に見えて当然だっただろう。怒られてしまったのにも納得がいく。


「ジェニーは馬鹿では無い。不安にさせるような言動を取った私の責任だ」

「いいえ。ご事情をよく聞かなかった事と、先程罵倒してしまった事を、どうか謝罪させてくださいませ」


 座ったままではあるが頭を深々と下げると、クロノス様の大きな手が私の頭を撫でた。まるで幼な子にするような撫で方にむず痒さを覚えるが、実際現在の私の外見年齢は5歳なのだから仕方がないのかもしれない。

 時間さえきちんと取れれば、こうやって何事もなく話し合って解決する問題だったのに。私たちは一体どれほど遠回りしてしまったのだろう。


「ある程度事の流れは把握できたのですが、クロノス様と最後に別れた後……私が小川に落ちてしまった後の事をお伺いしたいです」


 処刑されない事を目指して前進し続けることが出来た≪108回目≫までは良かった。その原因となったクロノス様を責める気持ちすら湧き出ない。

 でも。まるで今までの繰り返しの生を全て巻き戻すかのような不思議な現象……あれは本当に辛かった。努力しようにも殆どが無駄になり無意味。ポッキリと折れてしまっていた私の心は、クロノス様への思慕で首の皮一枚で繋がっていたに過ぎない。


「この空間から無理矢理外に出たことで、時空の歪みに迷い込んだ影響だ。通常なら少々過去に飛ばされる程度で済むのだが、ジェニーは私が107回も同じ期間を繰り返し歩ませた影響で、相当拗れた歪みに嵌ってしまっていた。おかげで修正は相当骨が折れる作業だったし、徐々に時を戻していきジェニーが生まれたばかりの頃からやり直しさせるしか、助ける道が無かった」


 よく耐えてくれたね、と引き続き私の頭を撫でてくれるクロノス様。結局……私が苦しんだ事は全てクロノス様のせいだった。思い出すだけで吐きそうになるほどの悲しい記憶も絶望も、愛する人からのたった一言で徐々に昇華されていってしまうだなんて……恋は盲目とはよく言ったものだ。きっと私はクロノス様さえいれば他は何もいらないと言えるほど、彼を愛している。

※一応補記!


クロノス(古希: Χρόνος)

・時の神

↑うちのクロノス様


クロノス(古希: Κρόνος)

・農耕の神

・ゼウスの父


日本語表記だと同じ発音になり紛らわしいですが、この2柱は神話上そもそも別神です。この物語もそのスタンスで書いてます。



いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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