微かに感じた違和感はそのままに(2)
「愛している。このままずっと、時を止めてしまいたい」
オールドローズの髪の女性と、彼女に愛を囁き寄り添う銀髪の男性。私とクロノス様によく似ているが……違う。これは私じゃない人とクロノス様だ。
「クロノス様、私も貴方をお慕いしてます。でも今の私には……守らなければならないものが沢山あるのです」
これは私ではないはずなのに、私はこの光景を知っている。この次にクロノス様が紡ぐ言葉が分かる。
『「私は、私が渡した力によって、愛する者を手放す事となるのか」』
あぁ、そうだ。彼女は、以前の私。700年も前の時代……この《1回目》の生より遥か前の、前世の私だった。
クロノス様から力を分け与えられた聖女。その寵愛を受けたからこそ、王子の婚約者という責から逃れられず、結局感情を押し殺した。
「私が今後ヴェストリスを治めていく姿をどうか見守っていてくださいませ。そしていつの日か私がこの職務から解き放たれた時に、お側に行かせてください。その日が来るのを心の支えとして頑張りますから」
私だった女性は不敬にも神の手を払い、不出来な婚約者を支え民の為に生きる道を選んだ。しかし王子の妻となった後、その王子自身に胸を突かれて殺される。愛人の沢山いた王子に貞淑を求めた為に、不要と見做されたのだ。
それによってクロノスという神の怒りに触れたヴェストリスは、一度滅ぶこととなる。
クロノス様により肉体が朽ちないよう術が施された元私の亡骸は、水晶に埋められ例の石碑の中に隠された。そしてその石碑の周りに、生き残った人間達によって再建されたのが今のヴェストリス。
クロノス様の力の塊とも言える私の亡骸を含んだ水晶は、魔物にとっては魅惑的な香りを発し惹きつける。石碑によって覆われていても、城下町に匂う強い力を求めて魔物はヴェストリスを狙い押し寄せた。そして、力の出所を探して手近な所から次々と人間を殺す。
……街が襲われる原因は私だったのだ。
「……700年前。断腸の思いで手放したのに、人間共は呆気なく君を殺した。怒りに任せて国ごと滅ぼしてやったが、あえて生き残りを作っておいたのは……もう一度、君に呼ばれたかったからだ。いつの日か生まれ変わって、また私を呼んでくれると信じていた」
私だった女性は国の為に生きる事を選んだが、別れをクロノス様に告げなかった。「またお呼びする時まで待っていてくださいね。心の中ではずっと貴方だけを愛していますから」と……残酷な約束を交わした。
それを、クロノス様はずっと……確証の無い約束を信じて待っていたのだ。先の見えない長い長い暗闇の中ずっと、1つの希望だけを信じて。
「しかし生まれ変わった君は私の事など微塵も覚えておらず……呪文を唱えてくれないから会うこともできない。しかも、魔物に襲われた君を助ける為聖女にしたばっかりに、また王子の婚約者になって……今度は彼を好いてしまうだなんて、拷問としか言いようがない。目の前で好きな女が他の男に視線を送るようになる辛さが分かるか? 愛した人を何度も失う苦しみが……君に解るか?」
問いに答えられず、私は目線を下げ唇を噛む。本当の辛さは、経験した者でなければ理解できない。しかし、想像だけで言うならば……心が抉られるような辛さだった。
それでもこれだけは言いたい。
「それでも私は、クロノス様から逃れたかった訳でも、バートン様に未練があった訳でもありません。後ろめたい事は何もしておりませんわ。むしろ、後ろめたい事をなさったのは……クロノス様の方ではないのですか?」
700年前、確かに私だった女性はクロノス様の手を取らなかった。それは責められてもある程度仕方がないのかもしれない。
小川に落ちてしまったのは、そこに至る経緯を度外視すれば完全に自らの落ち度だ。これは責められて然るべきだ。
でも。私は、浮気した事なんて一度も無い。いつもと違う香りを纏って帰って来たのはクロノス様の方。私に人間の男性を勧めたのもクロノス様自身ではないか。
後ろめたいという言葉を聞いた瞬間にクロノス様の表情が曇った。やっぱりカイロス様が言っていた事は本当だったのだと悲しくなるが、ここで止まるわけにはいかないので一気に自分の気持ちを打ち明ける。
「私はクロノス様に全ての時を捧げるとお約束したはずです。なのに他の男性と子を……なんて話を出して来たのはクロノス様の方ですわ。私はクロノス様との子供だからこそ望んだのです……クロノス様の馬鹿! 分からず屋! 浮気者!!」
「ちょっと待て。ジェニー、浮気者とはどういう事だ? 私は700年も君の転生を待った程愛しているんだぞ」
令嬢らしくない言葉でクロノス様を罵倒していると、クロノス様からストップがかかった。浮気者という言葉が気に食わなかったらしい。
「だってカイロス様が仰っておりました。クロノス様は後ろめたい事をなさっていると。だからこそ先ほど表情を曇らせたのでしょう? いつもと違う香りを纏って帰ってきましたし、状況からすると浮気に決まっていますわ!」
「……そういう事か」
片手で眉間を押さえつつ哀愁漂う苦笑いをするクロノス様だったが、私には全く理解出来ていない。ジッと睨みつけて説明を求める。
「ジェニー、すまなかった。正直に話すから怒らずに聞いてくれるかな」
「……本当に浮気されていたのなら怒ります」
クロノス様は「他の女など興味無い」と補足し、私の上に覆い被さるようにしていた体勢から体を起こし、ベッドの端に腰掛けた。やっと圧から解放された私も同じように腰掛ける。
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