微かに感じた違和感はそのままに(1)
見覚えのある天井。ぱちぱちと暖炉の火が音を立てており、温かい匂いがする。自分にかけられているのは《108回目》の時にお気に入りだったライトグレーの毛布。そしてその感触を確かめている手は、5歳の私の手。ここはクロノス様と暮らしたあの家だ。
……人間は死の前に走馬灯を見るというが、まさかこれがそうなのだろうか?
体を起こして辺りを見渡す。ふと自分の体を見ると、見たことのない真っ白の寝間着を身につけており、腕や脇腹にあったはずの傷は綺麗になくなっていた。そっとベッドから出て、かつて自分が使っていたはずの化粧台に近づいて引き出しを開ける。そこには当時と同じように化粧品やアクセサリーが並んでいた。
ならば庭も同じように花が咲いているのだろうか? 最後に好きだったオールドローズの薔薇が見たいと思い、寝室を抜け出て玄関から外に出た。
死んでいるのだから関係ない、と靴も履かずに出てきたので、足裏に当たる芝の感触が心地よい。一株の薔薇に近寄って、花に手を伸ばしたその時だった。
「ジェニファー!」
怒ったようなクロノス様の声。振り返るより先に私の体が捉えられ宙を舞い、抱え上げられる。
何故怒っているのか理解できなかった。クロノス様は基本的に優しく、滅多にお怒りにはならない。……あぁ、侯爵令嬢なのに靴も履かずに外に出たから怒られたのかもしれない。最後まで、令嬢らしく振る舞うべきだった。
「……申し訳ございません。最後だから靴は履かなくてもいいかと思ってしまったのです」
そんな私の言い訳は、火に油を注いでしまったらしい。私を抱く腕の力は増し、クロノス様の指が肩に食い込みそうだ。
「最後? お前はまた逃げる気なのか。何故知らないフリをする」
問いかけの意味が分からない私は、困惑から首を傾げる。
「何故だ? どうして何度も……」
途中で唇を噛み、言葉を詰まらせる。こんな表情のクロノス様を見るのは初めてだった。
戸惑いで何も言葉を発する事ができない私を、クロノス様は抱えたまま家の中へ連れて入り、寝室のベッドの上に放り投げた。少し痛かったが、足裏の汚れでシーツを汚してしまっていないかと焦り急いで体を起こそうとする私に、上から覆い被さるようにして「何故だ?」と引き続き問いかけてくる。
「あの……クロノス様こそ、何故そんなお顔をされているのですか?」
質問に質問で返すのが悪手なのは分かっているのだが、私だって何を問われているのか理解出来ないのだ。私はただ走馬灯を見ているだけのはずなのに。
「……君は、私の事など記憶から抹消したい程嫌っているのか? だから私と初対面の振りをしたり、2度も姿を消した上、また逃げようと外に出たのだろう?」
私がクロノス様を嫌う訳がない。頭を横に振って否定するが、クロノス様は信じてくれない。私の頬の横に手を添えて、鋭い眼光で睨みつけてくる。
――もしやこれは走馬灯では無いのでは?
「ひょっとして、私はまだ生きているのでしょうか」
「当然だ。私が横についていながらみすみす死なせるわけがないだろう。肉体から魂が分離する前ならば助けられる」
溜め息をつかれるが、その鋭い眼光はまだ私を捉えたままだ。
「顔も見たくないと言われた上に、戻って来てみれば姿形も無くなり、この世からも存在が消え去っていたのは……私を拒絶しあの馬鹿な男の元へ帰ろうとしたからだろう。子が成せないのであればと、人間の男を欲して出て行ったのではないのか? あれ程私を慕ってくれているように見えたのに」
「ち、違います! 私が消えたのはただの事故で、クロノス様を嫌ってなどいませんでした。それに、私はあの時以外に居なくなった事など……!」
やっと何を問われているのか理解した私は、必死に否定する。このクロノス様は間違いなく……私が愛した彼だ。そしてその彼も、私があのジェニファーだと認識している。
「いいや。ジェニーは……君は2回、私の前から姿を消した。もうよい、無理矢理になるが教えてやろう」
頬に触れているクロノス様の手から、激しい静電気のようなものが走った。痛みと一緒に脳が感じ取るのは、様々な映像、音声、感情……。
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