もう一度初めから(3)
空を見上げて魔物を警戒していると、私を抱えていた護衛が突然足を取られたかのように転倒してしまった。守るように体を捩りながら転倒してくれたので痛みだけで済んだが……。
「……嘘」
足元に広がる血溜まり。地上を歩いて侵攻してきた魔物の攻撃で膝から下が飛び、苦しむ護衛の姿。そして、彼を遠距離から攻撃したのであろう魔物が数体、じわじわとこちらに近づいて来ている。
「お嬢様、早く逃げて……」
迷っている時間はなかった。空の魔物うちの1匹が明確にこちらを狙って急降下して来たから。
「ごめんなさい!」
私を守ってくれた護衛を置き去りにしてしまうのは心が痛んだが、私が死んでは彼の怪我が無駄になってしまうので全力で走る。なんとかこの状況を切り抜けなければという思いで、必死で以前の事を振り返った。地上からも空からも多数の魔物に襲われる……このレベルの魔物の大規模襲撃が起こるのは、私が聖女として目覚めた8歳の時。しかし今の私は5歳。以前はこんな事なかった!
「誰か……! 怪我人が、た、助けて!」
所詮5歳で、しかもドレスを纏った令嬢ではそう遠くまで逃げられない。助けを求める声も周りの悲鳴や叫び声怒号に掻き消される。目の前で炭と化す人間だった物、怪我を負いながらも家族を逃がすために囮になる人、血を流す小さな子供。誰もが助けを求めている状態だった。
そんな光景に耐えられなくなった私は、気がつくとUターンして再び神の石碑に縋り付くように両手を付いていた。
「お願い! 今日だけでいいから、私に聖女の力を使わせて!」
しかし私の必死の叫びは届かない。私目掛けて空中から放たれた攻撃が、すぐ脇を掠めるようにして地面に当たり、周辺に土埃が立つ。その衝撃で頬に傷ができ、ツーっと血が垂れた。
「……嫌」
私の上空に集まった何体もの魔物達。その鋭い眼光は明らかに私を見据えていて……逃げられないと確信し息を呑む。
どうして私の人生はこうも上手くいかないのだろう。そんな事を考えている間にも空中にいる魔物達は口を広げて、こちらに向かって攻撃を吐く。咄嗟に避けようとするが掠めてしまい、ドレスごと焦げ酷い火傷になってしまう。激しい痛みと、動かなくなってしまった左腕。脇腹が激しく痛み、立っていられない。鼻をつく焼け焦げた臭いに……患部を見るのすら恐ろしい。
……やっと、自由に人生をやり直しできると思ったのに。
咄嗟にクロノス様を呼ぶ呪文を唱えてみるが、やはり何も起こらない。
次々と魔物達から吐かれる攻撃。私は諦めて目を閉じた。斬首以外の方法で死ぬのは初めてね。
しかし。激しい爆発音がしたわりに、身構えていた私には衝撃は一切無かった。まるで何かに守られているような感覚がして……まさかと思いながら恐る恐る瞼をあける。
激しく土埃が立ち込める中、私は覆われるようにして守られていた。懐かしい白銀の双翼に。
――私がずっと……ずっとお会いしたいと願っていた、あのお方だった。
「――ッゲホ!! コホッ……くろの、す……さ、ま?」
呼びかけようとするが、土埃を吸い込んで思いっきりむせてしまう。私の問いかけに対し返ってきたのは、ドラゴンらしい激しい咆哮だった。そして咆哮で怯んだ空の魔物達に向かって飛び去って行く。次々と魔物を葬り去っていく姿は圧巻で、ただ私はそれを見上げ見守っていた。
そして上空の魔物が殆ど消え去った事に安堵し、目線を空から地上へと降ろした私の視界には、信じられない光景が写り絶句する。
元々石碑があった場所。恐らく魔物の攻撃で割れてしまったのであろう……砕け散った石碑の中から現れたのは
「……私?」
大きな水晶に閉じ込められるようにして眠る成人女性。私そっくりのオールドローズの波打った長い髪。瞳は閉じられているため色は分からないが、顔立ちもよく似ている。衣服を纏っていないその肌は透けるように白くて、だからこそ胸に走る大きな赤い傷痕が目を引いた。とても珍しい髪色なのに、ここまでそっくりな人間が存在するだなんて……。
「おい!」
朦朧としてくる意識の中、クロノス様の声で現実に引き戻された。強めの口調にピクリと肩が跳る。気がつくと私は自分の血溜まりの上に座り込んでいた。身体中が痛い、そして寒い。クロノス様のおかげで炭にはならずに済んだが……この怪我では長くないだろう。いつの間にか人の形を取り立ったまま私を見下ろすクロノス様の表情は、まさに絶句していると言うに相応しいものだった。
どうして今まで来てくださらなかったのですか?
どうして今更助けてくださったのですか?
そしてこの水晶の中の女性は?
尋ねたい事が山積みすぎて、何を口にすればいいか分からない。……でも、私の体の状態的に、質問大会をしている暇は無い。とりあえず1番優先すべき事だけでも、お伝えしなければ。
「……初めまして、ジェニファー・エディソンと申します。この度は助けていただいて、ありがとうございました。この御恩は、来世になっても……忘れませんわ」
私の事など知らないクロノス様である事も考慮しての挨拶と、助けくれたお礼。侯爵令嬢として、最後まで礼儀正しく振る舞いたかったが、言葉を発するだけで精一杯だった。クロノス様が何かを仰っている気もするが、私にはもう届かない。
――最後にもう一度会えてよかった。
口にはしなかったが、嬉しかった。最後にもう一度、愛した人を目にする事が出来て……もう悔いなどない。大好きだった白銀の長い髪が此方に駆け寄って来たように見えたが、それを最後に私の視界からは光が消えた。
繰り返ししないのならば、本来死んだ後ってどこに行くのかしら? やっとそれが分かるのね。……そう考えたのが最後だったはず。しかし私は、もう一度目を開ける事になる。
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