私を聖女たらしめる時の神(1)
城下町の中心部。大きな緑化公園として整備されているそこには、高さ3メートル程の大きな石碑がある。何百年も前からあるというその石碑に刻まれている文字は、風化し掠れて読むことすらままなら無い。しかしここには――私を聖女たらしめる神様が眠っていらっしゃると言い伝えられており、何度か立ち寄ったことがあった。まるで魔法のように私の意識を吸い寄せるこの石碑は、別段『魔法』が掛けられた物ではなく、ただただ不思議なオーラを纏っている。
この国において『魔法』とは個人の体内に眠る魔力を消費する事によって発する事ができる不思議な現象の事で、魔法で何をどの程度出来るかは個人の体内に眠る魔力量に左右される。
バートン様は魔力が0なので魔法は使えない。ヘレンは簡単な生活の補助が出来る程度。王宮に仕える魔術師でも人間を拘束したり魔物の侵入を阻む防御魔法を使える程度なので、この国において魔法の重要度はそれ程高くない。魔力量の少ない人が大多数の国なのだ。その為魔力より武力による個人の技量が重視される。
ちなみに、私に関してもバートン様同様に魔力量は0。聖女の力は個人の体内に眠る魔力を消費する『魔法』ではなく、『神様から分け与えられた力』を消費する。神の力なだけあって、大怪我も即時に治療したり魔物を即死させたりと、王宮の魔術師なんて目じゃ無いレベルの事ができる。その仕組みは詳しくは解明されていないが、とにかく魔法とは似て異なる、特別で強力な力だ。
そんな聖女の力を持ってしても、どうしようも出来ない事もある。例えば現在のような状況。後ろ手にかけられた手錠には鎖がつけられ、石碑前の地面に差し込まれた杭に括り付けられている。ご丁寧にその杭は抜けないように魔法で固定までしてあり、その様子はまるで鎖で繋がれたペットのようだった。
……魔法が使える者ならば、物理的に手錠や鎖を破壊出来るかもしれないが、聖女の力は「物質の破壊」を苦手とする。木製であれば腐食させ壊す事も出来るが、このような金属製の物は難易度が高い。劣化させ錆び付かす所までは出来るが、壊すとなると難しいのだ。魔物など生物の息の根を止めるのは容易いのに、たかが金属に負けてしまうなんて、世の中上手くいかない事だらけである。
更に万が一のことまで考えられているのか、逃げられないようドレスや靴も剥がれ、着用を許されているのは粗末な薄汚れたワンピース一枚。初めの数回の死刑執行時はこんな姿がみっともなく感じ恥ずかしく暴れたりしていたが、108回目の死刑執行となれば羞恥心なんて消え去った。しかし、真冬の寒風が吹き付ける中こんな薄い布切れ一枚しか纏わせてくれないバートン様に対する憎悪が、寒さにプラスして私を震えさせる。
――でも、大丈夫。今回は失敗しない。
たった一ヶ月しか無い繰り返しの時間。それでも、それを107回も繰り返せば、9年近くの歳月となる。死ねば死ぬほど、繰り返せば繰り返すほど私の知識量は増え、一ヶ月間の行動にも幅が出てくる。そしてやっと見つけた、この死刑の回避方法。
「偽物は死んでしまえ!」
「聖女ヘレン様を害する者には死を!」
兵達が規制をしているが、それでも見物人は多い。聴衆から石や生卵など……様々なものが飛んでくる。かつては私を支持し慕ってくれた彼らの中には、当然見知った顔もある。初めの頃はこれにも精神を抉られるような心地がしたが、108回目ともなれば、もはや抉られる心すら残っていない。
投げられた拳大の石が、私の頭に当たり血が垂れる。しかしそんな事には構っていられない。私は、あのお方を呼ばなければならないのだから。
「クロノス様……」
私を聖女たらしめる神の名を呟く。そして小さく素早く口を動かし呪文を唱えていく。
……107回目はこの呪文の最後を間違え失敗し、結果殺された。でも今度はうまくいくはず。だって、予め何度も何度も繰り返し練習したのだから。
近くに準備された見物席には、バートン様と当然のように寄り添って座るヘレンの姿があった。
「ジェニファー! 今更後悔しても遅いが、今後平民として慎ましく暮らしていくのであれば極刑の取り消しも認めなくは無いぞ」
「バートン様ぁ〜。私は彼女に傷つけられたのに、罰を与えて下さらないのですかぁ? ひどぉい!」
「あぁヘレン、そうだったな。私のヘレンを悲しめたお前なんぞ、極刑以外あり得ぬ……ん、なんだ。急に雨か?」
ぽつり、ぽつりと曇っていた空から水滴が落ちてきて、突然バケツをひっくり返したような豪雨となった。冬なのでその雨の中には霙もまじっており、周りから焦りをおびた喧騒が聞こえる。しかし私の上空だけはぽっかりと雲が切れ目を作っており、空から光が差し込んでいた。
「これは……?」
「神々しい光だ……やっぱりあの人は聖女なんじゃないか?」
「そうだ。だってジェニファー様は俺の女房の傷を一瞬で直してくれたんだぞ。それが偽物だったなんて信じられない」
聴衆皆がこの神秘的な光景に目を奪われていた。しかしハッと我に返ったヘレンが隣に座るバートン様の腕に擦り寄る。
「さ、最後がずぶ濡れだと可哀想だからぁ〜、ヘレンがあそこだけ晴れにしてあげたのぉ。私の力が効いている間に、とっとと刑を執行して!」
彼女の口ぶりからするとそのセリフは嘘のようだが、この後に及んで自分を立てようとする彼女の図太さには逆に感心する。
「ヘレン、愛する君を苦しめた悪人には罰が必要なんだ。聴衆が望んでいるのは、雨に打たれ虚しく死んでいく醜い姿。さあ、雨雲を罪人の上へ移動させてくれ」
「え……そんなの出来ない。違う、ヘレンそんな酷い事したくないからぁ〜……ね?」
……気分が悪くなる人物は視界の外に追いやって、雲の切れ間から見える遥か上空を見上げる。ここから、私がずっと望んでいたお方が、来てくれるはずなのだ。
目を凝らすと何かがキラリと光っている。嬉しくて思わず持てる全ての力を振り絞って、その名を叫んだ。
「クロノス様ッ!」
「ジェニファー、やっと私を呼んだか」
天にあいた雲の切れ間から姿を表したのは、人語を話す巨大な白銀のドラゴン。双翼を広げゆっくりと空から降りてくるその神々しさに誰しもが目を奪われるが、我を取り戻したバートン様が号令をかけた。
「魔物だ! 何をボーッとしている、撃て! 殺せッ!」
すぐさまドラゴンに向かって放たれる弓矢。しかしそんな物で敵うわけがない。複数の弓やが命中するが、刺さりもせず、ただ跳ね返って地面に矢が落ちる。魔術師が放つ魔法も簡単に無力化されてしまう。
「何だあれは……」
「とにかく殺せ!」
「聖女ヘレン様、我々をお助けください!」
ずしんと大きな地響きを轟かせ、私の目の前の地面に降り立つドラゴン。
「クロノス様……ずっとお会いしたかった」
――時を司る神クロノス。それが私が助けを求めた対象で、私に聖女の力を分け与えた神だった。
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