もう一度初めから(1)
「エディソン侯爵! ご覧ください、美しいお嬢様のご誕生ですよ」
「おお、よくやったぞ。第一王子と一歳差となれば未来の王妃も視野に入ってくる! なんて素晴らしい子だ」
最後を覚悟していたのに私は再び瞼を上げた。お父様と思われる人物の声が聞こえる。
「お父様!」と声を張り上げようとしたが、聞こえてくるのは赤子の泣き声。違和感を感じて自分の手を見ると……小さい。
……まさか、《1回目》を赤子からやり直せとでもいうのだろうか?
もう嫌! と叫びたいのに、口から出る言葉は全て泣き声。……それでも、いい機会なので泣けるだけ泣いてしまおう。この先私はマナーの鬼である王妃に仕込まれて、泣きたくても泣けなくなってしまうのだから。おかげで私は「とてもよく泣く赤ん坊」認定されて育つこととなった。
初めこそ悲観していたが、この《1回目》は今までと大きく違っていた。どこがかというと……自由に動けるのだ。何にも縛られない。控えめに言っても最高だった。おかげで私は「おうぞくとは、けっこんしません」と、3歳にして訴えることが出来たのだ。勿論それを期待していたお父様はショックでひっくり返りそうになっていたが、私の強い意志は変わらなかった。
……自由に動けるのであれば、バートン様との婚約自体も回避して、死刑になることの無い人生を歩んでみたい。クロノス様とはきっともうお会いできないのだろうから、この恋心は胸の奥深くに仕舞って。時々宝石箱を開けて眺めるようにして愛しむことにしよう。
そうして、しばらくの間ただ漠然と流れに乗って繰り返しの一ヶ月間を生きてきた私にとって、久しぶりに前向きに進むことができる人生が始まったのだった。
◇◇◇
「とにかく、処刑を回避するには聖女の力を発動しないように気をつけなくては……」
以前私は8歳の時に聖女としての力に目覚めた。城下町を攻めてきた魔物の大群にこの国の兵達は押し負けてしまい、多くの人が襲われて亡くなる。それは城下にある侯爵家の屋敷も例外では無かった。私は自らの身を魔物から守る為に、家族を守るために、初めて聖女の力を使ったのだ。
聖女の力は神様からの寵愛の証。私がいつの時点でその力をクロノス様から分け与えられたのかは分からない。そして聖女の力があると知られてしまえば、バートン様の婚約者にされてしまう。それだけは絶対に避けたい私は必死に考え、ある作戦を立てた。
5歳になったばかりのある日。私は珍しくお父様におねだりをした。朝から王宮に出かけていたお父様を、玄関で待ち構えて突撃する。
「お父様! 家庭教師の先生から教わった、神の石碑という物を見に行きたいのです。城下の公園内にあるのでしょう?」
「勉強熱心なのは感心だが、あんな物見たって何にもならないぞ。そんな暇があるのなら少しでも良い縁談ができるように己を磨きなさい」
全く取り合ってくれないお父様。当然想定内なので、用意しておいた次の言葉を投げかける。
「良い縁談のためにも、見に行かせてくださいませ。石碑を見学してスケッチし、信仰心も絵心もある勉強熱心な令嬢だと思ってもらいたいのです」
王族は絶対に嫌と拒絶の言葉を吐く私に、良い縁談をと必死に走り回っているお父様は……縁談を理由にされると弱い。私の言葉を聞いて「ふぅむ……」と悩み出したお父様の姿を見て、次の言葉で畳み掛ける。
「と言いますのも、将来結婚するお相手は中身が賢いお方が良いと思っておりますの。宰相の家系として有名なメディス侯爵家とか、研究者肌のアデム伯爵家も捨て難いですわ」
王族に嫁ぐ事のみを拒否してきた私の口から、希望の家柄が出るのは初めてだった。しかも王族には敵わなくとも、家柄等を考えれば文句無しのチョイスのはず。お父様は内心嬉々としているだろう。勿論、私が彼らに恋しているわけではなく、王族に……バートン様に嫁がなくて良い選択肢として考え抜いた相手というだけだ。
「……少しだけだぞ。護衛を連れて出て、尚且つ縁談のアピールポイントとなるよう丁寧にスケッチしてきなさい」
やっぱり縁談という言葉に弱いお父様は許可を出してくれた! にっこりと5歳らしい笑顔でお父様を見上げる。
「ありがとうございます。お父様が感心するような素晴らしい絵を仕上げて参りますわ。だからお父様は、私の婚約者として、『賢くて誠実』なお方を探してくださいね」
決してバートン様のようなお方は連れてこないでください。とは言えなかった。
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