かつてそのレースのリボンは鏡台の上に
「バートン様に近寄らないで頂戴、目障りなのよ!」
聖女を守るはずの教会の中。どのような手段を使ったのか知らないが聖女と認定されたヘレンが、私に喧嘩を売ってくる。もうこのシーンも何回目だろうか。数えるのも億劫だし、これ以上視界にこの女を入れたくない。そのせいか、より一層私の発言に棘が混じる。
「……私はただ、責務を全うしているだけですわ。今日も予定が沢山詰まっておりますので、失礼させていただきます」
さらりと回答する私が気に食わないのか、ヘレンは噛み付くような視線をこちらへ投げてくる。周りに人がいなければ語尾も伸ばさず本性を出してくるヘレン。
そういえばクロノス様を前にした時にバートン様から乗り換えようとしていたが、彼女をここまで駆り立てるものは何なのだろうか? 名誉、地位、お金、愛情……人間が他人を蹴散らしてでも欲しいと願う欲望はいくつもある。バートン様を心の底から愛しているわけではないようだし、真の目的は何なのだろう。
「本当は私の事憎くて仕方がないんでしょう? でも、御愁傷様。バートン様は私に夢中なの! 厳粛な侯爵令嬢様とは違って、私とは楽しい時間を過ごせるからだそうよ? フフッ、選ばれない女って可哀想ね」
「あんな人になら、選ばれない方が幸せですわ」
自分で言っておきながら、自らの発言に驚き口元を手で覆う。……今、私何と言った?
「あんた自分の言っている言葉の意味分かってるの!? ……あぁ、強がりかぁ。可哀想〜!」
ヘレンがアハハと大きな声で笑いながら立ち去って行く。普段なら憤りを感じるのだが、今はそれどころではない。
「……私、今自分の意思で喋った」
重要なキーになるせいか、バートン様を嫌っている節のある言葉は、人前で一切口にできなかった。なのに……今、ヘレンの前で自分の心を曝け出すことが出来た。
「どうして……?」
今までになかった展開に戸惑う。
コツン。と何かが後方に落ちた音がして振り返ると……そこには小さな袋に入ったアーモンドが落ちていた。可愛らしいオールドローズのレース編みのリボンでラッピングされており、何故こんな物が床に落ちているのかと思いながら拾い上げる。
オールドローズは、珍しい私の髪色を暗喩して使われる事もある色。つまり、私への贈り物だろうか? キョロキョロと周りを見渡すが、高笑いをして前方を歩いていくヘレンしか人の気配は感じられない。
「こんな出来事、今まで無かったのに……」
私が初めてアーモンドを食べたのはクロノス様に出会ってからで、好物だと知っているのも彼だけだ。
「クロノス様……?」
勿論返事は無い。しかし……やはりクロノス様は、私を何処かから見ているのだ。
ふっと心の中に湧いた希望の光。しかし、あまりにも長い輪廻に疲れ果てた私は、あえてその光を無視した。
「誰かの忘れ物かしら? とりあえずここに置いておきましょう」
独り言のように呟いて、側にあった棚にアーモンドの袋を置く。
期待してはならない。クロノス様は、あんなに時間があったにも関わらず今まで接触してこなかったのだ。こうやってメッセージを残す事ができるのであれば……今までにも当然できたはず。またクロノス様にお会いできると、愛されているのだと、期待してしまえば……辛いのは私自身。そう己を律し、立ち去った。きっと、偶然の出来事だ。クロノス様は関係ない。
……ェ、ニー?
何処かからクロノス様の声が聞こえた気がした。きっと気のせいだ、懐かしさからの幻聴だ……そう思わずには自分を保っていられなかった。
そういえば最近はクロノス様の夢もめっきり見なくなったな……。そう思いながら、窓から冬の曇った空を見上げた。
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