本物の聖女は神に愛され、自害することは許されない(2)
「ジェニー、いつまで寝ているんだ? 珍しい」
愛しい人の声が私の意識を浮上させる。
「……クロノス様?」
「ん? 他の誰かが居る訳が無いだろう。眠るジェニーの側に居てもいいのは、この私だけだ」
男性らしい長さで、それでいて美しい指が、ベッドで眠っていた私の髪を掬い上げる。そして、まるで感触や匂いを確かめるように、オールドローズの髪に唇を滑らせた。甘い展開だが、それに反して彼の表情は険しい。
「もしや夢の中で私以外と逢瀬を交わせていた訳では無いだろうな?」
声のトーンは少し冗談めかしているが……この表情、恐らく本気だ。
「まさか。私が愛しているのはクロノス様だけですわ。……だからそんな拗ねた表情なさらないで?」
私の返事を聞き安心したように金色の瞳を細めて微笑む彼は、間違いなく私が愛した人。
――ああ、夢だったのね。クロノス様と喧嘩別れしてしまったのも、また輪廻の中に迷い込んでしまったのも。
クロノス様の表情に釣られるようにして私も微笑んだ。ゆっくりと体を起こすと、私の肩を抱くようにしてクロノス様が寄り添ってくれる。……大好きだった温もり。
――大丈夫、あの辛い出来事は全て夢だったんだ。
「どうした? 少し顔色が悪いようだが」
「少し悲しい夢を見てしまっただけです。……クロノス様と離れ離れになってしまう夢で」
そう口にした瞬間。真横にあるクロノス様の像が歪み始めた。まるでノイズがかかったかのようになって、
「――ェ、ニー……」
私の愛する人の姿は消えた。
「クロノス様!?」
私は自分自身の叫び声で目を覚ます。
「え?」
狐に包まれたような気持ちで辺りを見渡す。まだ夜中なのか窓の外からフクロウの鳴く声が聞こえた。
「……夢?」
悲しい夢だと思ったのが現実で、あのクロノス様の温もりが夢だったのだ。そう理解した途端ぽたりと涙が禁書に落ち、シミができる。どれだけ王妃教育が辛くても、どれだけヘレンに虐められても、どれだけ輪廻を繰り返そうとも、ずっと耐えてきた。目に涙を溜めたとしても、それを溢し声をあげた事など無かった私が、初めて大粒の涙を流して泣いた瞬間だった。
「わぁぁああぁ――ッ!!」
突然声を荒げた為、部屋の外にいた護衛達がドアの隙間から覗き込んできたが、すぐに気まずそうに戸を閉めた。そして私は、護衛達に聞かれているかもしれないのを気にも留めずに泣き喚く。
「クロノス様ッ! 会いたい、会いたいの!! ずっと幼い時から私を見てきたのでしょう? 今の私の姿だって、きっと見ていらっしゃるのでしょう!?」
当然、誰からも返事は帰って来ない。クロノス様は自ら力を分け与えた聖女である私を見ているはずなのに……助けてくれない。
余りにも辛くて、衝動的に自分に対して聖女の力を掛けようとする。魔物を遠ざける時と同じ感覚で自己の首を絞めるようにして力を放出し、自害を試みたのだ。魔物自身の時を進めて殺める事が出来るのであれば、理論的に考えれば人間に対しても出来るはず。しかし手首にピリッとした痛みを感じ、ガス欠をしたかのように力が使えない。
ハッとして自分の手を見ると……あの《108回目》の薬指と同じモミの葉のような痣が、両手首に浮かび上がっていた。そうして力を込めるのをやめるとスッと痣は消えていく。……何度やっても結果は同じだった。自分を害そうとすると、急に力を封じ込められてしまう。
――やはり、クロノス様は……私の様子を何処かから見ている。
ならばと思って、いつもガーターベルトに括り付けられている護身用の短剣を取り出して、自分の腹を裂いての自害を試みる。しかし、思いっきり腹めがけて突き立てたはずの刃は私のドレスに刺さる事すらなく、ぽっきりと折れてしまう。その折れた刃を手で握り、首に突き立てようとしても、何かに弾かれて肌にすら触れない。ぎゅっと刃を握った手も怪我すらしない。
――本物の聖女は神に愛され、自害することは許されない。
禁書にさり気無く書かれていた文言を思い出す。
「クロノス様。愛してくださっているのなら、どうかもう一度おそばに……行かせてくださいませ」
その場に崩れるように座り、塞ぎ込んでしまう私。
せめて守られるのであれば、いっそ処刑からも守り、不死身にして欲しい。逆行するのではなく、前に進ませてほしい。2度とお会いできないのであればもう忘れさせて?
踠いてもどこへも進めない苦しさで、私は壊れてしまいそうだった。
いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡
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