もう一度あの幸せの中へ帰りたい(3)
「あらぁ、先に出発したとは聞いていましたが随分と遅いご到着。どこで道草を食っていたのかしらぁ?」
先に教会に到着していたヘレンは、正面に堂々と乗り付けた馬車の中で温かい紅茶を飲みながらお菓子を食べ、優雅に寛いでいた。ちなみにこれは、私が石碑に寄らなくても同じ展開だ。……バートン様付きの、王家の一等良い馬に引かせた馬車は、私が普段使用している物よりも随分速い。この訪問はどの人生でも毎回行なってきて今回で《110回目》なので間違いなくそう断言できる。
「食っていたのは道草じゃなくてぇ〜、男だったり? バートン様に愛されないからって、朝からそんな汚らわしい」
その言葉そっくりお返しするわ! と言いたくなるが、黙って耐える。言い返せば言い返すだけ無駄だ。バートン様に歪曲して伝えられ、私の立場が一層悪くなる。
「教会の真正面で優雅に寛ぐのはどうかと。それでは何をしに来たのか分かりませんわ」
立場が悪くなるのは分かっているのに、聖女として侯爵令嬢としてヘレンの態度を嗜める事は変える事が出来ない。この《110回目》と前回の《109回目》に関しては体が勝手に動いてしまうのもあるが、ヴェストリスの為に彼女を教育するのは必須。見過ごすべきだとは思えなかった。
「わあぁん! どうしてジェニファー様はそんな酷い事ばかり言うのぉ!? ご自身が偽物でバートン様に愛されないからって、妬んでばかり!」
教会の中にまで聞こえる程大きな声で、わんわんと泣き始めるヘレン。私は何も酷い事は言っていないはずなのだが、こうやって媚を売るような声色で私の言動を非難し自分の味方を作ろうとするのが彼女の常套手段なのだ。
「聖女ヘレン様になんて事を……さぁヘレン様、民がお待ちですから教会内に入りましょう。民は皆ヘレン様の味方でございます」
ヘレンに付いている使用人が、大粒の涙を目に浮かべたままのヘレンを馬車から下ろし、教会内へと案内する。きっとこのまま教会内の治療院で悲壮な表情を浮かべて、軽い怪我しか治せない程度の治癒の魔法を使うのだろう。苦しむ人々を前にして、そんな態度をとるべきではないというのに。
「偽物は帰れ!」
「ヘレン様を虐める奴なんて入るな!」
私も教会内に入って怪我人の治療に当たらなければと入り口の前に立つが、建物内からは私を罵倒する声が聞こえてくる。いつもなら「あぁこれも110回目だな」くらいの気持ちでいられるのだが、先程クロノス様を呼ぶ呪文に失敗していた私にとっては少しばかりダメージが大きくて……教会内に足を踏み入れるのに躊躇してしまった。
――大丈夫。処刑の日になればきっと上手く出来る。呪文を唱えればクロノス様にお会いできるはずだから。
そう信じて深く息を吸い込み、なんでもない風を装って一歩足を前に踏み出した。
◇◇◇
「ジェニファー・エディソン侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
もうこれで《110回目》の婚約破棄だ。不安な気持ちを抱きながらも、それでも「きっと大丈夫」と信じて迎えた本日。私はここで石碑へ祈りを捧げることを提案するはずだった。そうしなければならなかったのに……何故か口がそう動いてくれず、代わりに私の意思に関係ない言葉が発せられた。
「では、刑に処される前に……最後に部屋で本を読ませてくださいませ。半日ほど、執行を遅らせて欲しいのです」
そして私はこのセリフをよく知っている。だって《106回目》に、こう言ったのだから。呪文が記載されている禁書の解読がもう少しで終わるからと、時間稼ぎを試みたのだ。次で自分を助ける為に。
「ハッ! この後に及んで読書だと? その間に逃げようという魂胆だろう、却下する!」
後に続くバートン様の言葉も全く同じだった。そして私は……石碑の前ではなくて、上から重い刃が降ってくる罪人用の断頭台にて刑に処される。私はここでとある仮説を立てた。
――もしかして今まで生きてきた時間を、逆行している?
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