もう一度あの幸せの中に帰りたい(2)
兎に角。また呪文を間違えては話にならないので、毎日のように呪文の練習を行なった。いくら正しく呪文を唱えようとも、あの石碑の前でなければクロノス様は現れてくれない。
「別に処刑の日を待たなくても、こちらから石碑に出向けばいいのでは?」
我ながら良い発想だ。それなら寒さで震え間違えてしまう事もないだろうし、何故今まで律儀に処刑の日を待っていたのだろうか。
「処刑と仰いましたか? 何をそんな物騒な……」
私専属の侍女であるドロシーが、私が今日着るドレスを選びながら怪訝そうな顔でこちらを見てくる。侯爵令嬢で尚且つ未来の王妃になるはずだった私には元々沢山の専属使用人が付けられていたが、ヘレンの登場からは一人また一人と使用人は減らされていき、私専属で付いてくれているのは幼い頃から侯爵家より侍女として付けられているこのドロシーくらいになってしまった。バートン様は私の事をそれ程までに軽視しているのだ。
「お嬢様は本物の聖女なのですから。そんなお方を処刑だなんて、あの馬鹿王子でもしませんよ」
しかしそれを簡単に行なってしまうのが、このヴェストリスの馬鹿王子なのだ。
「婚約者の使用人をここまで減らす時点でどうか思うけど」
私の言葉に苦笑いになってしまうドロシー。未来の王妃かつ聖女として忙しい私の専属使用人はただでさえ仕事が多いのに、それを一手に引き受けざるを得なくなった彼女には同情してしまう。私より10歳程年上な彼女は幼少期エディソン侯爵家にいた時からずっと私のそばにいてくれた侍女で、家族と切り離された私にとっては唯一親しい間柄にある女性だった。
……彼女は、私がクロノス様と幸せに暮らしていた間どうしてたのだろう。最後まで私の侍女だった事が原因で不幸になっていなければ良いのだが。
「……申し訳ないのだけど、教会に行く前に立ち寄りたい場所があるの。近場なのだけど、可能かしら?」
選んでもらったドレスを着ながら、頭の中で予定を確認する。今日は『本物の聖女』とされるヘレンと共に、馬車で1時間ほどの地域にある教会に向かわなくてはならない。しかしその前に私の乗る馬車だけ石碑に寄る事は経路上不可能ではないはずだ。
「ええ、お嬢様のご希望でしたら叶えますよ。体調が完全ではないので早めに馬車で立つという事にしましょう。エディソン侯爵家の御者なら少しは融通も効くはずですから頼んでみますね」
◇◇◇
ドロシーの協力のお陰で当初の予定より早く立つ事が出来た私は、呆然と石碑の前に佇んでいた。自分の身長より遥かに大きな石碑は……私の期待に反してただ静かに、冬の朝の透き通った空気を背景にしてそこに鎮座しているだけだった。
「呪文は間違えてない……どうして何も起こらないのかしら」
着いて早々に何度か呪文を唱えてみたのだが、うんともすんとも……何も起こらない。何を間違えているのだろうか。
「ジェニファーお嬢様、大丈夫ですか? やはり体調があまり思わしくないご様子ですが」
エディソン侯爵家の御者が心配そうに声をかけてくるので、無理矢理笑顔を作って大丈夫だと返答する。しかし脳内は大混乱だった。
前回処刑された時に感じていた違和感――強制的に以前の人生と同じように歩まされている感じは、今回も体感していた。私の考えは無視して、時折勝手に体が動くのだ。だからこそ、この石碑に立ち寄る事が叶った時「今までとは違った展開」が出来たことが嬉しくてたまらなかったのだが。
「……お嬢様?」
「時間を取らせて申し訳なかったわ。教会に向かいましょうか」
これ以上は無駄だと判断して馬車に乗り込んだ私の心は、実際の天気に反して雨模様だった。前回あれほど待ち侘びていたはずの処刑の日が来るのが、不安に思えて仕方がなかった。
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