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もう一度あの幸せの中へ帰りたい(1)

 目が覚めた時、私はヴェストリス王の住まう城の中にいた。感覚的には「目が覚めた」だったが、と言ってもベッドで寝ていた訳でも、ソファーで休んでいたわけでもない。ただ部屋の中で立ちすくんでいたのだ。

 煌びやかな家具が並び、視界から受ける圧が息苦しい。私が一目でここがヴェストリスの城内だと分かったのは、こんな息苦しい部屋でも、懐かしい私の部屋だから。ここに閉じ込められるようにして家族から隔離され、教育を詰め込まれた。


 ……私は何故ここにいるのだろう。


「あの時のまま……?」


 時が経っても色褪せず、まるでつい先ほどまで使われていたような光景。私の部屋なんてとうに片付けられていると思っていた。懐かしさから文机の引き出しを開けると、見慣れた文具やレターセットが当たり前のように鎮座している。

 違和感から首を傾げていると、突然バンっと大きな音を立て、部屋のドアが開かれた。ノックも無しに……と思いながら振り向き、目を見張る。


「バートン様……」


 全く歳も取らず姿形の変わらない彼の姿。驚きを通り越して思考が追いつかない。


「お前、またヘレンに嫌がらせをしたそうではないか!」


 そんなことはしていない、先程までクロノス様の元にいたのだから、と言いたかった。なのに口が勝手に動く。私の意思に反して。


「ヘレン? あぁ……余りにも民への態度が酷いので、彼女には聖女として慰問に出ないよう助言いたしました。聖女であるならば、相応のマナーと教養を身につけるようにと」

「嘘をつくな。ヘレンは、お前が激しく侮辱したと言っていたぞ!」



 ――誰か嘘だと言って欲しい。私はこの会話の流れを知っている。だって……



 私の心の内の声は無視して、私の口も体も勝手に動き続ける。


「嘘つきはどちらでしょうね? 私とヘレン以外の中立の人間も多数あの場にいたはずですから、どうぞお調べになってください」


 そしてこの後バートン様は……ヘレンが嘘をついていると証言した人間を片っ端から殺すのだ。そうしてこの第一王子の狂気に触れた人間は更に彼の言いなりとなっていく。私はこの先をよく知っている。だって……。



 ――これを見るのは《109回目》だから。



 斬首刑に処された後帰ってくるのは、少々ずれる時もあるが……このタイミングが多かった。


 大きな舌打ちをしながら部屋を出ていくバートン様。それと同時に体から力が抜け、自分の意思通りに体が動くようになる。自由が効くようになった体で恐る恐る鏡を見ると、やはり変わらぬ顔の自分。あの時クロノス様の家で着ていたドレスではなく、毎回このシーンで来ている慰問帰りの聖女らしいグレーのシンプルなドレスに……確信する。


 私はきっと川に流され、落ちて、空中に投げ捨てられて……死んだのだ。

 だからまた帰ってきてしまったのだろう。輪廻の中に。


「嘘……。クロノス様……?」


 呼んだって返事は戻ってこない。はっとしてクロノス様を呼ぶ呪文を唱えてみるが、石碑の前で無いせいか何も起こらない。

 あれ程逃れたかった輪廻の中に帰ってきてしまった事よりも、愛するクロノス様と離れ離れになってしまったことに絶望し、その場に力なく座り込む。


 ――湧くように溢れ出てくる後悔。


 仲直り出来なかった。別れの言葉すら言えなかった。帰宅したクロノス様は、私が煙のように消えてしまったあの家を見て何を思っただろう。子が成せないのならと、飛び出して行った馬鹿な女に見えただろうか。私は心の底からクロノス様を愛していたのに、それすらも疑われてしまったかもしれない。


「ごめんなさいクロノス様……」


 ……後悔に潰れそうになるが、必死に己を奮い立たせる。《108回目》以前の私とは違って、今の私はこの輪廻の脱出方法を知っているのだから、きっとまたお会いできるはずだ。今度は川を覗き込まないように気をつけて、子供の話もしないように気をつけよう。きっと、また《108回目》と同じように、私はクロノス様と一緒に暮らせるはず。それだけを心の支えにして、《109回目》の運命の日を待った。



  ◇◇◇



 曇った空に刺すような寒さ。処刑の為粗末な服を着せられた私の体は凍えるように冷たい。それでも、もうすぐクロノス様に再びお会いできるのだと思えば何でもなかったし、この日を待ち望んでさえいた。こんなにも処刑の日を心待ちにしたのは初めてかもしれない。石碑の前で薄らと笑みすら浮かべてしまった私をどうかお許しください。


 刑に処される直前、私は石碑の前でクロノス様を呼び出す呪文を小さな声で唱え始める。しかし知っているはずの呪文を、私は間違えた。……《107回目》の人生と同じように。知っているのに、理解しているのに、口が勝手にそのように動いてしまったのだ。


「え……?」


 信じられない展開に脳の処理が追いつかない。何故私の体が私の意思に反して……?


「聖女様ごっこが終わったようですわよ、バートン様ぁ〜?」

「フン。気は済んだか偽物め!」


 同じだ。聖女様ごっこをしているヘレンと、それを愛おしそうに膝の上に抱くバートン様が。私の様子を少し離れた場所から座り見物しつつ、このセリフを投げてくるのが……《107回目》と全く同じだった。


「待って……お願い……」


 寒さだけでなく絶望から、言葉が上手く出てこない。もう一度呪文を唱えようとする私の口は、わなわなと震えるばかりだった。

 この一ヶ月間、そういえば可笑しな事が度々起こった。自分の体なのに制御ができず、勝手に行動・発言してしまう現象。よく思い出せば……それはまるで私を《107回目》と同じ筋道を歩ませようとしているような印象を受ける。


「ジェニファー・エディソン侯爵令嬢。聖女ヘレン・オリバーを貶めた罪ならびに聖女と身分を偽った罪で斬首刑に処す!」


 やだ、何故? 何故なの!?


 首に剣が食い込む感触。まるで叩き切られるかのように、その重さで頚椎が折れて景色が歪む。自慢のオールドローズの髪も切れ、薔薇の花びらが舞うようにして風に乗って飛んでいった。



 ――目が覚めた時、私はまた自室の中で立ちすくんでいた。



「……もう、嫌」


 幸せだった。クロノス様と一緒に暮らして……もう繰り返さなくて済むという安堵感だけでなく、彼の愛の中にいるのが本当に幸せだった。


「クロノス様……助けて……」


 無駄だとわかっていても、口走ってしまうのを止められなかった。しかし仮にクロノス様が来てくださったとしても……そのクロノス様は『かつて私を愛してくれたクロノス様』なのだろうか?

 用も無いのに後ろから纏わりつくようにして追いかけてきたり、毎晩「ジェニーの全てが欲しい」と長い白銀の髪を乱しながらひたすら私を求めてくる……『あのクロノス様』にはもうお会いできないのだろうか。そう考えると胸が張り裂けそうだった。


 バンっと大きな音を立てて、ノックも無く自室のドアが開く。そして私は《110回目》のその音で振り返る。張り裂けそうな心を必死に庇い、奮い立たせ、『元』をつけてしまいたい現婚約者を睨みつけた。



 ――次こそは失敗しない。絶対にもう一度、私はあの幸せの中に帰るの。

いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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