それは《108回目》の婚約破棄
「ジェニファー・エディソン侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
もう何回目か分からない婚約破棄。ううん、私はちゃんと覚えているわ。これは《108回目》の婚約破棄。
婚約者である『バートン・ヴェストリス』は、このヴェストリス王国の第一王子。金髪碧眼というこの国の王族にありがちな容姿をした彼が、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
本当はバートン様との結婚式の日程発表が執り行われるはずだったこの王宮の広間には国中の貴族達が集まっており、怒りの矛先が我に向かないようにと固唾をのんで此方の様子を伺っている。
流石に《108回目》なので、驚きも怒りも無い。ただしっかりと前を見据えて、一歩前に踏み出す。オールドローズの波打った長い髪が、それに合わせてふわりと揺れた。
この髪色は我が国では珍しく春の訪れを告げる色だと国中から持て囃され、ターコイズブルーの瞳はこの島国を囲う母なる海の色だと羨望の眼差しを向けられた。その上、傷を癒したり魔物を遠ざけたりする『聖女』の力を持つ私は類稀なる貴重な存在として、1つ年上の第一王子『バートン・ヴェストリス』様と幼少期に婚約。そして彼の婚約者として幼い頃から王妃教育を骨の髄まで叩き込まれ、自由な時間も殆ど無くこの18歳まで過ごしてきた。
王宮に缶詰にされ生きてきたので家族と一緒に過ごす時間すらほぼ無かったけれども、民からの期待に応えようと必死だった。
そんな私の人生は、バートン様の後ろで小動物のように隠れている子爵令嬢『ヘレン・オリバー』の出現によって大きく歪められてしまう。バートン様は彼女の愛らしさに入れ込み、聖女を守り保護するはずの教会をも騙して彼女を聖女に仕立て上げた。本当に彼女が聖女なのであれば結構なのだが、本物は私。しかしバートン様は彼女こそ聖女だと主張する。第一王子にそう言われてしまえば、従う者達は追従するしかないのだ。
――そして、今まで聖女として国を守っていた私は……明日殺される。
「ジェニファー、貴様はヘレンに教育と称して嫌がらせをしただけでなく、危険な魔物が出る森に一人で行かせたらしいな。他にも様々な証拠が上がっているぞ。よって貴様は聖女を危険に晒す存在、並びに長年その身を聖女として偽った罪で斬首刑に処す!」
何故死刑が告げられるのを知っていたのかというと、このシーンを繰り返すのが《108回目》だから。
そう。私は死刑執行により死した後、ループするかのように何度もこの生を繰り返しているのである。繰り返すにしても、赤ん坊の頃から繰り返すのであればいい。処刑にあわないよう自分の行動を変えれば済む話だ。しかし戻ってくるのはいつも、死刑の約一ヶ月前。……展開を変えるのには遅すぎる。
無抵抗な私を王室付きの近衛兵達が集まり取り囲み、更に後ろに控えていた魔術師達が風の魔法を使って私を拘束する。そして近衛兵の一人が、私を無理矢理後ろ手にして手錠をはめた。
バートン様の後ろに隠れひょっこり顔だけ出しているヘレンは……口角を上げてニタリと笑っている。令嬢にしては珍しい肩までのミディアムヘアに切り揃えられた茶色の髪に、リスのような口元。平凡な髪色も、人とは違う髪型にすれば目を引くのだとよく分かる例だし、顔立ち自体はそこまで悪くないのだが……。裏で男性に媚びを売りまくり、自分が世界で1番可愛いと本気で信じて疑わないその態度が、気に障って仕方がない。
何度見ても腹が立つ、勝ち誇りこちらを憐れむようなその表情。いつか彼女にやり返したいと思っていたし、私をこんな風に扱うバートン様にも……いいえ、あんな彼に恋心を抱いた私が馬鹿だったのだ。幼い頃からの、この淡い恋心をもっと早くに捨てていれば……いっそこの国自体も見捨て好きに生きていれば、こんな苦しみを味合わずに済んだかもしれない。
彼らへ仕返しをするのが叶わぬとも、せめてこの繰り返しの輪廻から抜け出し、何もかも終わりにしてしまいたい。だから私は繰り返しの一ヶ月間……実に計107ヶ月もの間、必死にこの死刑を回避するために考え動いてきた。きっと、この《108回目》は上手くできるはず。
「おい、何か言う事はないのか!」
バートン様がこちらを睨みながら叫ぶ。その瞳には、かつて私へも少々は有ったであろう情は、微塵も感じられない。
「バートン様〜。ヘレンは別に謝罪なんて要りませんよぉ。ほら、私ってとっても可愛いから……羨ましかったのかなぁ?」
ヘレンがバートン様の腕にまとわりつきながら話す。
……17歳にもなった令嬢が、無駄に語尾を伸ばさないで。
喉元まで上がってきた言葉を飲み込む。私は貴女なんて羨ましくないし、婚約者の私を捨てこんな女に乗り換えたバートン様もバートン様だ。元々賢いお方では無かったが……私は彼に大いに失望していた。こんな王子の婚約者の地位なんて、要らない。
「私からは謝罪も何もございません。ヘレン様は本物の聖女でございますので……私が幼少期からこなしてきた王妃教育も、魔物退治も、何なく出来るはずですもの。偽物の私すら出来ますのに……嫌がらせだなんてとんでもない」
虐められていたのはむしろ私の方だし、本物の聖女は私。実際私が手を抜けばその瞬間この国に張り巡らされた結界は崩壊し、街に魔物が押し寄せることになる。私は謝る必要なんて無い。
「バートン兄上、僕はジェニファー義姉様こそが聖女だと確信しております。今まで様々な奇跡を起こし、魔物の害からこの国を守ってきたのは彼女だ! それに死刑執行前には裁判と被疑者の弁解の場が設けられるのが、法律で決まっております!」
声を張り上げ叫ぶのは、まだ10歳と幼い第二王子フォード様。義理の姉になるからと親しくしてきたが、彼はバートン様とは違って賢く先の見える子。そんな未来のある子を巻き込む訳にはいかないので、私を取り囲む兵の一人に「子供は放り出してちょうだい」とわざと強めに命じる。兵の内一人が視線でバートン様に確認をとってから、叫ぶ第二王子を連れ退出していった。
「貴様、弟のフォードにも嘘を吹き込んだのだろう。そんな好き勝手な行動、許されるとでも思っているのか」
「バートン様〜、許して差し上げたらぁ? きっとバートン様を取り戻したくて意地を張っていらっしゃるのよぉ。可哀想ねぇ?」
――ただの子爵令嬢の戯言に騙され入れ込み熱を上げた王子なんて……もう誰に頭を下げて頼まれたって、お断りだ。
ヘレンは聖女ですから身を引きますぅ〜、とわざとらしく泣きべそをかくヘレンの肩を、バートン様が慌てて掴む。
「ヘレン! そんな事を言うな、君だけがこの国を救えるんだ。そして俺は君を心の底から愛している」
「バートン様ぁ! ヘレンも、本当はバートン様と一緒にいたいんですぅ」
「結婚しよう、今すぐに。父上と母上の許可は何としてでも得てみせる」
もう気分が悪くて吐きそうだった。身分に厳しい我が国王と礼儀作法の鬼の王妃が、許すわけがないのに。実際、彼らは「第一王子は奇行に走り始めた。廃嫡も視野に入れなければ」と話を進めている。是非廃嫡していただきたいのだが、この期間は諸外国へ訪問しており不在なのだ。……だからこそ、この第一王子の独断で処刑が執行できる。
ヘレンだけを見つめる真剣な瞳。抱きしめたヘレンにかかる、金色の長めの前髪。幼少期こんな奴に恋をして、ずっとその恋心を叶えるために厳しい教育に耐え頑張ってきた自分に腹が立つ。でもそれも今回で最後になるはず。そう思いながら、口を開く。
「死刑執行の前に、神の石碑の前で祈らせていただけますか?」
この願いが叶えられる事は知っている。前回の《107回目》で実証済みだ。
「いまだに聖女ぶろうというのか? いいだろう、ヘレンに行った数々の侮辱行為を詫び、神に許しでもこうがいい。ついでに死刑執行もそこで行ってやろう」
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