31 プロローグ 土曜日午後 某市古墳群発掘現場 「伝奇」世界の人手不足
俺があの隊長忍者と再会したのは、あの騒ぎのあった次の週末だった。
「君が桜井君だね? 私は三郎渕。色々な肩書はあるが、今はこの現場の責任者としておこうか」
神谷さんに連れてこられたのは、意外なことにごく近所。母さんが良く行く遺跡発掘のアルバイト、その現場のテントだ。
休日だからか発掘作業は無いらしく、現場に人気はない。
隣の市にある大学の発掘チームである数人が、テントの中に居るだけだ。
その一人、この発掘現場の責任者で、考古学を修めている教授。今まさに簡素なテーブルを挟んで向かい合っているのが、あの如何にも忍者といった風体の中身なのだった。
([この現場、ねえ? 中々に言い得て妙じゃないか])
[サイパン]の言葉通り、あの隊長忍者がこの人なら、この付近の遺跡の監視担当って意味も含んでいるのだろう。
とは言え、名乗られたなら返すのが礼儀だ。
「あっ、はい。桜井です。ええと……母がお世話になっているとか」
「ええ、桜井さんは良く手伝ってくれるので、助かっているよ」
この現場が俺の母さんのバイト先なのは、お互い認識済みだ。
神谷さんから今日この場を指定された時点で、俺の素性を向こうは把握し切っているだろう。
逆に俺はというと、神谷さんから聞ける範囲と、この日までに[サイパン]が調べた範囲でしか把握できていない。
神谷さんが所属している、文部科学省文化庁、文化財第零課というのは、やはり公的には存在していないらしい。
ただ、文化財保護を目的とした官民合同の第三セクター方式の事業体が、それを担っているらしいところまでは[サイパン]が突き止めてくれていた。
もっとも、
([これ以上はオレだと無理だな。アナログなシステムばかりで追い切れねえや])
その事業体は電子的な処理が関与しない書類や文書でのやり取りが多いらしくて、電子的なエキスパートである[サイパン]では逆に深く調べられなかったらしい。
それでも、幾らかの資金の流れ位は追えたようで、この発掘現場も、その事業体の支援を受けているとか。
名目は、近隣の古墳群の定期調査。
その発起人が、目の前の三郎渕教授だ。
見た目は、四十代くらいに見える穏やかな紳士。
覆面で目元位しか分からなかったのと、戦闘中だったせいか厳しく細められていた眼のせいで、目の前の人物とあの隊長忍者とが中々に重なり合わない。
フィールドワークを多く行っているのか日に焼けてはいるけれど、その教授という肩書の通りに教鞭を持っている方が似合いそうな知的な印象がある。
少なくとも、刀を振り回すようなタイプには見えなかった。
ただ、俺の目で解るのはそれだけだとしても、他の俺からすると別らしい。
(『あの御霊刀って言うカタナの力のせいかもね。前も言ったけれど、あのカタナから生まれる魔力の鎧のようなモノは、身体能力を別物にするから、本人の肉体的な資質は重要じゃないのかもしれない』)
([オレの見立てだと背丈や体格、歩幅あたりのデータから同一人物なのは確かだな。しかし……厄介だな。身内の情報を既に抑えられているってのは])
(【隙がないね、この人。あと、「コモン」のことも少し警戒してもいるみたい。】)
警戒されるのは、分からなくはない。
俺はあの夜、本来部外者が立ち入らない結界の中に迷い込んだ。
あの中で異常への対処をしていた神谷さん達からすると、俺はどう言いつくろっても怪しい存在だ。
神谷さんからは、俺の身元を詳しく調べられているらしいと言うのも聞いている。
多分、目の前の三郎渕教授は、俺の情報を握った上でここに居るのだと思う。
とは言え……、
([まあ、オレ達の事までは判らんだろうがな。人の目は鋭敏な【ポスアポ】が、メカ的な目はオレが押さえているわけだし])
[サイパン]の心の声の通りに、「俺」と繋がっている皆の事やその力を振るう際には、他者の目や監視カメラなどに注意を払っているから、そこは知られていないはずだ。
であるなら、三郎渕教授からすると、俺は怪しくもあるものの巻き込まれた一般人に該当するはずだ。
そして、その一般人は、あの忍者達を指揮する隊長忍者だったこの教授からすると、垂涎の素質を持っていた。
つまり、今日この場に俺が呼ばれたその理由は、
「早速だが、本題に入ろう。桜井君、ウチに来る気はないかね?」
俺の勧誘だった。
□
一応俺も今日までに、神谷さんから俺の処遇についての動きなどを彼女が語れる範疇で聞いていた。
それによると、俺は御霊刀使いの素質がある為に巻き込まれてしまった一般人という扱いらしい。
あの三つ首の人面犬との戦いの場に現れた子供──【ポスアポ】や『ファンタ』と俺をと結びつけるのは流石に無理だったようだ。
むしろ、限られた家系にしか発現しないとされている御霊刀使いの素質の持ち主として、重要視されているのだとか。
「桜井君のご先祖に、そういう家系から一般に流れた人の血が混ざっているらしいと聞いたわ」
「何それ、初耳なのだけど!?」
「6代前のご先祖で江戸から明治に移り変わる頃の話らしいわよ?」
「うちの家系に幕末の頃何があったのだ!?」
戸籍まで調べ上げられて、そんな事実が浮き上がった事に、正直驚きを隠せなかったのだが、それは余談だ。
そういう限られた家系は、御霊刀の扱いや他の術の素質などを重視して、近親婚と行かないまでも一定範囲内での婚姻を重視するらしい。
また担う任務の過酷さから天寿を全うすることなく戦いの中で命を落とすことも多いのだとか。
だから一般に下野して人生を終えると言うのは、とても珍しいことだったようだ。
そのレアなケースの一つが、俺の先祖。
もっとも、血が薄まると御霊刀使いとしての適性は発現しにくくなるらしく、一種の先祖返りでしか素質を持って生まれないのだとか。
それでも極稀にはあるらしく、俺達は「俺」の中の俺達の要素が御霊刀使いとしての適性を満たしたと思っていたけれど、つまり俺は元々御霊刀使いの素質があったのかもしれなかった。
同時に限られた家系の人員でやりくりしている御霊刀使いは、何時も人手不足なのだとか。
「ウチの神谷から妖怪について触り程度は聞いているらしいね? その辺りをもう少し詳しく話そうか」
そう切り出した三郎渕教授が語るのは、昨今の妖怪事情についてだった。
「妖怪とは、陰の気に属するモノが寄り集まって出来上がる、ここまでは理解しているね? もちろん天然自然に陰の気も生まれるのだけれど、もっと生まれやすいのは人の影響でね。人の情念の中の陰の気が、現代では一番妖怪の元になりやすいのだよ」
「SNSとかでも陰の気っぽいもの垂れ流している人は多いですからね」
「その通りだが、むしろ程々に垂れ流して発散しているのなら問題は無いのだよ」
人口が増えれば、そこから生まれる陰の気も多くなる。
大都市部のパワースポットでは、そういう陰の気の情念が凝集されて、元になる芯核が毎日に近いペース生まれているらしい。
そこから現れる妖怪も途切れることなく、文化財第零課は日々その対処に追われているのだとか。
「大都市の中心は、何処で妖怪が生まれるか判らないほどだよ。それらに対処するため、多くの御霊刀使いが配置されるわけだが……半面、そこから外れたこの近辺は手が回り難くてね。この付近のパワースポットであるこの古墳群は、我々の班でなんとか対処しているのが現状なのだよ」
元々数が少なかった御霊刀使いでも、まだ人口が急激に増える近代までは、妖怪への対処も余裕をもって行えていたらしい。
それが医療技術や食糧事情の改善で一気に人口が増え、その上都市部への人口集中によって妖怪の発生に偏りが生まれた結果、常に人手不足なのだとか。
「私も本来ならそろそろ後進に現場を譲りたいが、中々難しくてね。何しろ、妖怪を放置したなら一般に被害が出る。さらに、その被害の原因が妖怪だと判った場合、恐怖や混乱と言った感情から陰の気が更に溢れ、連鎖して妖怪が生まれかねないのだよ。つまり、何としても対処しなければならない」
その上で失敗が許されない環境というわけだ。
なるほど、ぽっと出の俺でも戦力として期待したくなる理由もわかる。
「……俺にそれを手伝えと言う事ですか?」
「そのつもりだよ。君は平穏に見える君の日常の裏で、危機そのものが蠢いているのを知った筈だ。であるならば、今後幾ら目をそらし耳を閉じようと、そういった脅威が脳裏から離れることはないだろう」
人のよさそうな顔をして、脅迫じみた言い方をする人だな。
ただ、言いたいことは判る。
俺の世界それもこの国では、多少の事件は起きても基本的に平和だ。
電波じみた狂人が偶に事件を起こしはしても、身近な日常にはほとんど影響はない。
その平穏が、実は日々失われるかどうかの瀬戸際だったと知らされたら、平穏に過ごすなどできなくなるだろう。
「…………」
「ならばいっそ自分の手でそういった脅威に対処した方が、気が楽になる……そういう考え方もあると言う事だよ。幸い、君の素質はそういった人の世の裏で蠢く脅威に対抗できるのだから」
思案気になった俺に、三郎渕教授はそう続ける。
その上で、細長い袋を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「……これは?」
「君の資質を活かすものだよ。開けて見たまえ」
促された俺は、封をする紐を緩めて中身を取り出す。
それは鞘の長さから、刃渡りが果物ナイフやペーパーナイフ程度しかない小ぶりな短刀のように見えた。
更に同時、細かな振動を始めたのだ。
「白鞘の……これは、短刀? いや、これも御霊刀と言うモノなのですか?」
「その通りだよ。コレは御霊刀使いが共通で初めに手にし、霊刃の扱いを学ぶためのものだ。抜いてみたまえ」
あの夜、神谷さんに突き付けられ、その後俺に反応していた刀と同じように、この短刀程度の御霊刀は細かく振動していた。
三郎渕教授にも促されて、俺は鞘から短刀を抜き放つ。
すると一瞬、テントの中が朱い輝きに満ちた。
「……これほどとは……!」
三郎渕教授が、抑えきれないと言った風で驚きの声を漏らす。
抜き放った御霊短刀は、刃の無い刀身に真紅の輝く刃を顕現させていたのだった。
現状書き溜めが無いので、更新は安定しないかも……
可能であれば、感想、評価、ブックマーク、いいね、誤字指摘等よろしくお願い致します。
既作も読んでいただけると幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n8400bf/