12 二人目 ラボ 【ポストアポカリプス】世界のプロフェッサー
崩壊世界には、夜闇を照らす様な人工的な明かりなど、とうの昔に失われている。
頼りになるのは、星明りや月明かりだけ。
もし夜間に眩い明かりがあったとしたら、それはチョウチンアンコウの様に獲物をおびき寄せる変異クリーチャーの存在を疑うべきだ。
だからこそ、基本的にこの世界で夜間の移動は行われない。
手慣れたサバイバーであっても、夜間には夜行性の変異体との遭遇は危険を伴うからだ。
道も平坦ではなく瓦礫と変異植物に覆われていて、夜間ではそれも気づき難い。
とはいえ、例外はある。
「イータちゃん、怖いよー!」
「イプシロン、うるさい」
「楽ちんだ」
暗闇の中を駆ける影が一つ。
人ならぬ視野を持ち、人を超えた身体性能を持ったマンイーターの、イータだ。
メイド服のシロンを背負い、更にその上に小柄な【ポスアポ】が乗っているというのに、荒れた瓦礫だらけの道を事も無げに走破していく。
「イプシロンでは夜間の移動が困難。である以上、これが最善だ」
「シロンお姉ちゃんでしょ! でも、暗い中ギュンギュン動くのは怖いのよ~!」
シェルターの件があった分、夕暮れまでに【ラボ】へはたどり着けなかった。
ただ、もう一息で付ける距離でもあるため、【ポスアポ】達は夜間移動を決行したのだ。
ただし、暗闇でも見通せる視野を持つマンイーターのイータや、極僅かな明りでも動ける程度に旅慣れた【ポスアポ】と比べて、シロンは夜間移動に慣れていない。
そこで、イータがシロンを背負い、移動することになったのだった。
「ボクは、自分で行けるけど」
「だめですよ! 夜ははぐれちゃいます。そこはイータちゃんへの罰でもあるんですから!」
「友軍未登録だった。当機の判断は間違っていない」
「お姉ちゃんに聞けばよかったでしょ!」
なお、そこに【ポスアポ】が便乗しているのは、シェルターで問答無用で攻撃してきたイータへの罰という事らしい。
結局、目的地の【ラボ】についたのは、それからすぐの事だった。
□
【ラボ】への入口は、瓦礫の荒野から外れて、山地に入ろうかという境目にあった。
偽装を施されたそこは、何も知らなければよくある崩れかけたビルにみえる。
奥まった部屋にある業務用エレベーターも、手順を知らなければ眠ったまま。
「はいはい、ただいま帰りましたよ~」
もっとも、この【ラボ】の住人や、通い慣れた【ポスアポ】は慣れたものだ。
シロンが一定の手順でボタンを押すと、死んでいるエレベーター横がスライドする。
【ポスアポ】達三人が隠し扉の中に入ると、突如その場に光が満ちた。
この崩壊世界では失われたはずの、文明の明かりだ。
同時に、その場に声が響いた。
「ゆう、君も一緒だったのか。そして、シロンにイータ、お帰り」
「教授、久しぶり」
「何とか戻れました、教授。でもイータちゃんについてちょっと問題が……」
「当機の問題ではない。判断基準の問題だ」
インターホンのように壁から聞こえてくる声に、【ポスアポ】と残り二人が応えながら、奥へと進んでいく。
幾つかの隔壁と、その度に何度も洗浄を受けた先は、荒廃世界とは思えないような施設だった。
俺の世界で言えば、精密機器を扱う工場や、いっそ病院のような空間。
そこでは、シロンのようなメイドや、研究者か医者を思わせる白衣を着た数人が待ち構えていた。
奇妙な点は、その全員が同じ顔をしている事だ。
多少の髪型の違いや、服装の違いこそあるものの皆同じ顔というのは、何も知らなければいっそホラーじみた光景に見えるだろう。
彼女達は、シロンと同じ【教授】のクローン。
【ポスアポ】とシロンにはメイドが、イータには白衣の者が、それぞれに出迎えている。
「お待ちしていました、ゆう様。依頼と……今回も取引を?」
「うん、かなりの量を持ってきた。とりあえず先に渡すから、倉庫に案内して?」
「かしこまりました」
「お帰り。無事でよかったわ」
「わ~ん、ルファ姉! 酷かったのよ、あのハチ! なんかお肉ペタペタ塗り付けられて…」
「イータ、任務達成した様ね。ちょっと手違いはあったようだけど」
「ゼータ、偽装外装の修復を要望する。同時に、友軍設定の更新を」
「ええ、分かったわ」
二人との同行はここまでだ。
【ポスアポ】はこれから取引の為に【教授】と会うし、イータは損傷の修理、シロンはメンタルのケアを受ける事になるのだ。
二人に軽い別れの挨拶だけをして、【ポスアポ】は先導するメイドについて行く。
後ろから、同じく別方向に行く二人の視線が、【ポスアポ】の背に送られている様な気がした。
□
【ラボ】での取引は、物々交換だ。
各地の旧文明の異物や、変異体の死体などを【ポスアポ】は【ラボ】へと提供し、【ラボ】は見返りに崩壊前の世界の技術や、この【ラボ】での滞在を提供する。
崩壊世界にあって、【ラボ】に残されたプラントの生成能力は、ほぼ唯一無二のレベルだ。
ただつい最近まで、そのプラントもごく限られた機能を稼働させて、ただ唯一の人物の生存のために使われていた。
その唯一の人物というのが……、
「久しいね、ゆう」
「教授も、久しぶり」
ガラス窓の向こうでほほ笑む、妙齢の女性──【教授】だった。
この【教授】という人物との付き合いは、【ポスアポ】と繋がった直後の、餓死の危機からようやく脱した頃からになる。
幾つかの偶然により、まだまともにプラントが稼働していない頃の【ラボ】へとたどり着いた【ポスアポ】は、手にしていた変異クリーチャーの死体──丁度変異能力が発現し、倒せるようになったばかりだった──で、彼女の興味を引き、取引相手となったのだ。
その後の【ポスアポ】は、この【ラボ】を拠点として、彼女の依頼を元に行動している。
なお、【教授】は恐らく自称だ。
教育機関なんて、この荒廃世界には存在しない。それらしく名乗っているだけなのだろう。
「……ちょっと背が伸びたかい?」
「そうかな? 自分だとわからないや」
「ゆう位の年頃は、月単位で身体のサイズが変わるとも資料にある。頼んだ側が言うのも何だけど、長期の調査依頼、よく完遂してくれたね。ありがとう」
「別に。教授の頼みなら、いい。見つけた物は、先に倉庫に出しておいたよ」
「ええ、今確認させているよ。どうやら、目当ての物も見つけてくれたようだ。それに、あの量の変異体、こちらとしても助かる」
今回少々遠方にある筈の遺跡──文明崩壊前に大規模な地下施設があった筈の場所の調査──を依頼された【ポスアポ】は、数か月単位でこの【ラボ】を離れていたために、彼女の言う通り随分と久しぶりの再会になった。
もう一つ言うなら、普通の時間を過ごす【教授】に比べて、俺達の場合4倍の体感時間があるため、およそ一年ぶりの再会に近い。
この荒廃世界で、何か月にも及ぶ旅というのは、余程の実力が無ければ死出の旅路も同然だ。
しかしそれを頼んだ【教授】も、受けた【ポスアポ】も、無事に戻るのが当然と考えていた。
何故なら、
「やはり、君の変異能力は、別格だね。ストレージ、だったかい? かつての世界でも、そこまでの技術はなかったよ」
「教授も凄い。あのマンイーター、かなり強かった。よく、あそこまで復旧させた」
「そこはまあ、伊達に名乗っているわけではないからね」
『ストレージ』を含む、俺達の手札を幾らか明かしているからだ。
それほどの信頼関係を、【ポスアポ】と【教授】は築けていた。
強力な変異能力や『ファンタ』による『ストレージ』の物品の大量輸送が可能な【ポスアポ】は、特に強力な変異体や未だ稼働する大戦期の兵器でも無ければ、問題なく対処可能な実力がある。
更に『ストレージ』経由で食料を確保できるのは、そもそも水さえまともに確保するのが困難な荒廃世界では、圧倒的なアドバンテージになる。
ただ『ストレージ』については、【ポスアポ】の変異能力の一つという事にしている。
別の世界の自分が使う魔術だ、なんて話よりも、余程この世界では理解しやすいからだ。
一方の【教授】だが、彼女は大戦期に製造された強化人間の一種だ。
ただし強化されたのは、戦闘力ではなく知性。
終末戦争に備え、知識の伝達者として、後の世に残された生きた図書館、それが彼女であるらしい。
この【ラボ】も、彼女が生き延びられるように作られた専用のシェルターだ。
他のシェルターにはない万能プラントも、その知性を活かすために用意されていた、
その成果が、クローンのシロンや、マンイーターの修復なのだから、その技術力は確かなものだ。
ただし、彼女を作った者達にとっての想定以上に、世界は荒廃してしまった。
彼女を活用するはずの人々も多くは死に絶えて、彼女はずっと忘れ去られていたのだ。
僅かな物資を彼女の生態維持のみに費やして、もうすぐそれさえも尽きる──そんな時に、ラボを見つけたのが、【ポスアポ】。
何とも運命的な出会いだった。
そこから、ずっと【ポスアポ】と【教授】は協力し合う関係になったわけだ。
本当に、ごく普通の人生を生きて来た俺と比べて、『ファンタ』や【ポスアポ】はドラマチックすぎる。
まあ、だからこそ、
「ちょっと、ボクも襲われたけどね」
「それは謝罪するしかないね。彼女の友軍登録は、生体認証も必要だから」
彼女作であるマンイーターに襲われた事は、【ポスアポ】も一言文句を言いたくもなる。
【教授】もそこは判っているのか、ガラス窓の向こうの無菌室で頭を下げていた。
更に彼女は続ける。
「例の調査の報酬も含めて、私が対価に出せるものなら、何でも用意しよう。それを以て、事を納めてくれないかい?」
「何でも……?」
このラボのプラントは万能だ。
そのうえ、世界崩壊前の工業品の設計図なども多数記録されていて、様々なものを制作出来る。
以前は作り上げるにも資源が無かったが、【ポスアポ】の持ち込む変異体の死体などを加工したり、旧世界の遺物を持ち込んだ結果、かなりの物を作り出せる。
人面犬相手に【ポスアポ】が持ち出した銃も、その一つだ。
『ストレージ』を持ち合わせた【ポスアポ】なら、かさばる物でも持ち歩けるため、要求できる物の幅は広いだろう。
([俺が【ポスアポ】なら、大金をふんだくる所だが、こっちの世界で金があってもなあ])
(『服、でもいいかも。教授も言っていたけど、今の服、ちょっとサイズが合わなくなってきてない? 僕も、【ポスアポ】の頃にはよく背が伸びたし』)
(「いやあ、それはちょっと対価にしては軽くないか?」)
俺達は、【ポスアポ】の脳内でワイワイと対価について好き放題意見を飛ばす。
その時だ、【ポスアポ】の脳裏に、何かが走るのを感じたのは。
(『えっ!? 本気?』)
([それは……面白いな。そうくるか])
(「ええぇ」)
思い付きを読み取った俺達の驚きをよそに、【ポスアポ】が教授に告げる。
「なら、アレが欲しい」
【教授】の背後、【ラボ】の各地の様子を移すモニターの中、とあるものを指し示すものを指差して。
□
この後、【ポスアポ】の要求は通ることになった。
幾らかの騒動が起きたけど、それは横に置こう。
そして今夜も、0時が来る。
ラボの一室を借りた【ポスアポ】の意識が落ちて、俺達は次の世界で目が覚める。
三人目、[サイパン]の世界で。
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