弟視点その2
4 姉という人(弟視点)-2
あの女が魔法を授かる儀式で聖魔法を発現させたとき、部屋で読書していた姉上は倒れたそうだ。
周囲の者が倒れた姉上に駆け寄る中、心臓の音がドクンドクンと煩くて、唐突に不完全だった誓約が成されたと理解したそうだ。
「聖魔法とは、火魔法や水魔法、光魔法など他の魔法とは違う、言わば神の御力に近い魔法です……恐らく、それが命の誓約を正常なモノにしてしまったのでしょう」
ヨシュア殿が顔を半分手で覆いながら、力無く椅子に座り込む。
禁忌である筈のものが当時幼かったあの女に良いように使われていたのが、堪えたんだろう。
そして、絶句する殿下とその一味。珍しくあの女の自称友人も顔色を悪くしている。
「姉上は、他にも大小様々な誓約を実験感覚でかけられていたそうです。どんな誓約だったのか…全ては最期まで教えてくれませんでしたが、あの女を慕う事は誓約の一種ではないと完全否定していたのは確かです」
宰相の息子であるジークフリード殿がまだ全てを理解出来ていないのかそれとも理解したくないのか、頭を振りながら僕に問う。
「…あ、あれが演技とでも言うのか…?腕に引っ付いて、近づく男を牽制していて」
「婚約者のいる相手をいかに籠絡して婚約破棄に持ちかけるかゲームしてるようなあの女に、未来の被害者になりそうな男を近づけさせるとお思いですか?」
うぐっとたじろぐジークフリード殿を冷ややかな目で見る。
軍のトップである将軍の息子であるエリオット殿が難しい顔をしながら僕へ言った。
「だが、ララっていう女も何人か男を手玉にとっていたって噂が」
「証拠も根拠も何一つない噂でしかないし、姉上は被害者の目を醒めさせる為に日夜奔走していました。時にはあの女の本性を見せて、被害が大きくならないようにひっそりと領地に返した貴族の方もいたそうですよ」
「……そ、そうか」
エリオット殿も僕の冷ややかな視線にたじろいで、そっと顔を他所へ向けた。
姉上の下らない荒唐無稽な噂を口にするのなら、証拠の一つくらい持ってこいと声を大にして言いたい。
「確かに、お前が今言ったのは全て初耳だ……何故今まで言わなかった?言えば、誓約の解除や軽減だって出来たかもしれないのに」
殿下が拳を口に当てながら、僕に問う。
この人は何を聞いていたのか。
「……僕は言いましたよね?姉上はあの女に大小様々な誓約を掛けられていたって。その中の一つに"次女の功績を残してはいけない"なんていうバカらしいものがあるんですよ……それに関連づけて"次女の関わった功績は全て他人か長女の物になる"、"次女に助けられた者の記憶から次女が消える"なんてものもあったそうですよ」
「な、何それ…何でそんなっ」
ピンク髪の女が、ソファに座っている筈なのによろめいて隣の男に抱きついている。
……何故この女はまだここにいるんだろうか。そろそろ気づくと思うのだが。
「……そこの…伯爵家の方、まだ気づきませんか?」
「えっ、何がですか?それより、ハルカって呼んでください。これからは大罪を犯した聖女の弟というレッテルで見られるでしょうが、わたしがサポートしますね!」
隣の男ジークフリード殿の腕を掴んだまま、僕に流し目を送るピンク髪の女。
あの女を嵌めた女であり、姉上の努力を台無しにした女だ。
――嗚呼、イラつく。
「必要ありません。僕まで貴女のゲームに引っ張り込まないで頂きたい」
そう言うと、ピンク髪の女の顔が強張った。
「な、何を…」
「確かに僕にも婚約者はいますが、この騒ぎで婚約は解消されますし、姉上のいない家に帰る気もさらさらありませんので、余生は隣国で過ごします。貴女もようやくその位置にたどり着いたんだから、欲をかかないであの女の最期を見て真っ直ぐ帰れば断罪される日が遠のいたでしょうに」
やれやれと首を振って、偉そうに足を組む。
それだけで思考回路が単純な人間には効果抜群だよ、と姉上に教わった。現にピンク髪の女の顔が崩れた。
姉上に何故そんな事知っているのか問い正したかったが、もう出来ない。
そもそもこの女もあの女同様に悪い人間だ。
せっかく姉上が証拠固めして、自分が死なない為にあの女が死刑にならないよう働きかけていたのにこの女が私利私欲の為に台無しにした。
その鬱憤を晴らそう。
いきなり自分達が守っている少女へ難癖をつけたかのように見える僕へ、幾つもの殺気が届く。鼻で笑いたいが我慢する……できてるかな。
「…殿下、貴方は仰っていましたね。顔と地位にしか興味のない女なんて、って。そこでいつまでもジークフリード殿の腕を掴んでしなを作っている女はそうではないと?」
僕がそう言うと、パッと離れるピンク女。
それを複雑な表情で見るジークフリード殿。
「…確かにハルカは少し距離感が近い、だがそれは彼女の天真爛漫な性格で」
「ハッ…僕にはあの女のように見えますけどね。だってあの女と一緒に婚約破棄ゲームなんてやっていたんですから」
「「「「!?」」」」