弟視点その1
3 姉という人(弟視点)-1
一際盛り上がる群衆の声を聞き、あの女の処刑が執行されたようだと気づく。
つまり、姉上も――
唇を噛み、ひたすら目の前の壁を睨みつける。
姉上が決死の覚悟で行っていた数々の行為。
あの女はそれら全てを知らないだろう…知っていたら姉上はどうなっていたのか。アレ以上に縛られていたのか、排除されていたのか。もう誰にも答えは分からない。
一見豪奢な部屋、しかし、ここは罪人の部屋でもある。
僕自身は罪を犯していないし、姉上も何もしちゃいない、寧ろ被害者を助けていた方だし、被害を出さないように手を回していた。
まぁ、あの無能な殿下が率いていた調査隊には何一つその調べは上がっていなかったようだが。
親は……聖女という最大権力を手にしたあの女にしか愛情を注がなかった親は、僕が来る前から横領や脱税なんかしていたので既に犯罪者奴隷となって鉱山送りとなった。
……どうして。
どうして、姉上ばかりが。
……どうして。
どうして、僕は無力なんだ。
ループする思考回路を中断したのは、客が訪れたから。
よりによって脳内お花畑のこいつらが。
あの女の次に嫌いなやつらだ。
「……死刑が執行された」
「何も知らない群衆が騒いでいたのが聞こえたので、知っていますよ。わざわざそれを知らせる為にこんな所へ来られたのですか?」
「なっ、貴様っ」
「よせ……違う………………お前の長姉が死んだ時、もう一人の姉も死んだ」
「あの女を一度たりとも姉と思った事はありません。僕の姉上はララだけです」
「…そうか」
咄嗟に訂正するよう伝えたが、これは不敬と取られなかったようだ。
そして、殿下の言葉に手の平に爪が食い込むほど拳を握りしめた。
……あぁ、やはり。姉上…
死んでしまわれたのですか
静かに涙を流す僕にあの女の自称友人が、涎を垂らさんばかりに凝視しているのが視界の隅で見えた。すぐに清純な少女の顔に戻ったが。
「…一つ、聞きたい。何故、お前の姉は死んだんだ…?毒を受けた様子も何か病気を抱えていた様子もなかったと医者は言っていた」
貴様が知ってどうなるというんだ、姉上はもう帰ってこない!!
そう、激情に駆られて言えば、僕も不敬罪で姉上の元に行けるだろうか……いや、ダメだ。姉上との約束がある。
「……」
「頼む、教えてくれ……彼女は、成績優秀で聡明な女性だった。何故彼女は姉に、あの女に敬愛なんて感情を」
「姉上はそんな感情、あの女に一切ありませんよ」
「「「「「「!?」」」」」」
「だ、だが」
「一つだけとか言いながら、まだ聞くんですか?とはいえ、最初の疑問に答えていない僕も僕なので、聞きたい事はお話ししますよ……もう、誓約も切れましたから」
「誓約……?」
これからは長い話になる。
こいつらをもてなすのは心底嫌だが、椅子を勧めない事もしたくない。姉上に呆れられてしまう。
誓約という言葉を聞いた時、反応が二つに分かれた。
一つは聞き慣れない言葉に首を傾げる者、
一つは言葉の意味を理解し驚愕する者。
「姉上に聞いた話です…僕はいまの今まで信じてはいなかったし、信じたくはなかったのですが……命の誓約という言葉をご存知ですか?」
ガタッ「…まさか!?それは!!」
殿下の取り巻きの一人である教会の司教補佐・ヨシュア殿が椅子を倒して立ち上がる。
「ヨシュア?知っているのか?」
誓約という言葉は知っていても、命の誓約までは知らない殿下が顔色を変えたヨシュア殿へ声をかける。
「……えぇ、知っています。命の誓約、とは……誓約者とかけられた者の命を同価値にしてしまう……つまり、誓約者が死ねばかけられた者も否応なく死んでしまう、禁忌の誓約です」
「「「「「っ!?」」」」」
「……姉上は、幼い頃それも3歳のお披露目会の前にあの女にその誓約をかけられたと言っていました」
「だ、だが、その誓約には膨大な魔力量が必要だろう!?まだその時には君の長姉、いやあの女は魔力量が分かる前だった筈だ!」
「……姉上も、そう思って自分で調べてみたのですが、どうやらその時はまだ不完全なものだったようです。見かけだけ取り繕ったまがいものだとわかった時はほっとしたと仰っていました」
「それじゃあ!…………まさか、聖魔法が」
「さすがヨシュア殿…その通りです」
僕が姉上の住む家に来る前の出来事だった。
あの女が何を思って、姉上に命の誓約なんてかけたのか知りたくもないが、それさえなければ僕が親共々殺していた所だ。
――まさか、誰も思うまい。
聖魔法の発現によって、今まであの女が悪戯感覚でしてきた不完全な誓約が全て正常な誓約になるなんて。
主人公転生中