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第3話 家族の優しさ

 ディオン様に婚約破棄をされたその足で自邸であるマリエット侯爵家へ戻ると、そのまま廊下を進んでお父様の執務室へと向かう。

 歩きなれた廊下をすたすたと歩くと、廊下で掃き掃除をしていたメイドたちが私に向かってお辞儀をする。

 そうして着いた一番奥の部屋のドアをノックすると、中からお父様の声で「入れ」と聞こえてきた。

 「失礼いたします」と言いながら中に入ると、ブラウンの年季の入った執務机に向かっているお父様が目に入る。

 そしてその横にはちょうどお父様の仕事を手伝っていた弟のローランが資料を持ちながら立っており、私の姿を確認すると深々とお辞儀をしながら「おかえりなさい」と言ってくれる。

 私は「ただいま」とローランに返事をしてお父様の前に立つと、髪をかきあげながら言う。


「お父様、やはり彼は婚約破棄をおっしゃりました」

「ああ、そうか」


 お父様は口少なげにそう言うと申請書の内容にまた目を移してサインを書き始める。

 それはいつものことだし、私は特に気にせずにそのまま話を進めた。


「ではやはりもう……」

「ああ、そうだな。もう潮時だ」


 そう言って私はお父様の判断を聞くと、大きく息を吐き出してから部屋を出ようと振り返った。


「クラリス」


 お父様の私を呼び止める声が聞こえて、私はお父様のほうを見る。


「お前はお前の人生を生きればいい」


 私はこくりと頷くと、深々とお辞儀をして部屋を退出した──




◇◆◇



「クラリスっ!」


 ディナーを終えた後、私はラウンジの前でお姉様に声をかけられた。

 ラウンジのソファに座ってお茶を飲んでゆっくりしていたようだったお姉様は私を同じようにお茶に誘う。

 私が席に着くと、いつものような慈愛に満ちた優しい微笑みで見つめてくれる。


「聞いたわ、お父様から」


 そうか、お姉様にもディオン様に婚約破棄されてしまったことが伝わっていたのね。


「お姉様にもご心配をおかけして、そしてご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「いいえ、私たちのことは気にしなくていいの。あなたはそれで大丈夫なの?」

「え?」


 そう言うとお姉様は私を優しく抱き寄せて背中をポンポンと一定のリズムで叩きながら、声をかけてくれる。


「あなた今どんな顔してるかわかってる? とても泣きそうな顔なのよ」


 言われて初めて私は自分がかなり精神的に傷ついていることがわかった。

 お姉様の温かさが余計に心に沁みて、私は思わずお姉様に抱きしめられながら唇を噛んで震わせる。


 私はお姉様の胸の中で苦しさと辛さを一気に吐き出した。

 子供の頃に甘えさせてもらったようにお姉様にすがると、何も言わずにただ優しく頭を撫でてくれる。

 昔からこの優しさが好きだった──


 そうだった、私には私を思ってくれる味方がたくさんいる。

 今だけは嘆くけれど、明日には覚悟を決めよう。


 そう、あの人にさよならを告げる覚悟を──

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