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3.うごめく王子

 天空を駆けた黒竜の噂は尾を付けて広がり、当然のように調査隊が結成された。

 調子に乗ったロベリアが暗黒司教を名乗って調査隊を追い返していると、今度は邪教討伐隊が結成された。


「貴様達だな、怪しげな呪術を使う邪教徒は!」

「ぐはは、その通りだ。暗黒神シキミ様に仇なす者め。地獄の業火で、白き雪山に舞い散る灰となるがいい」


 雨のような炎球を浴びて逃げ帰る討伐隊を眺め、ロベリアが五芒星の刺繍されたマントを翻す。


「その程度で我がシキミ様に楯突こうとは。くだらぬ、出直して来い」

「いえいえいえ絶対出直さないで下さいねー。……ロア、このままでは正体が知られるのも時間の問題です。別の地へ移動しませんか?」

「マントがあればバレないから、問題ない」


 ロベリアがフードから自身満々に顔を覗かせる。


「その自信、どこから来るんです。万が一知り合いにこのステキマントを見られたら、僕はもう立ち直れませんよ」


 逆に、オルティがお揃いマントのフードを深々と被った。


「そもそも、討伐隊なんて無視すればいいんです。無理に相手をするから、次々と湧くわけで」

「無理じゃない、どちらかというと楽しんでる」

「くっそ、楽しんでんじゃ――」


「やあ。君達が、『邪教徒』だね?」

「……っ!」


 オルティが咄嗟にロベリアを背後に隠す。


「オ、オル」

「しっ。……ああ、もう最悪な展開です」


 そこにいたのは、高貴な出で立ちをした男だった。それがノエル王子だと気づいたオルティが小さく呻く。


「ロア、正体が知られると厄介です。絶対大人しくしてください。」

「わかった」


「突然ですまないが、君達に聞きたい事がある」


 ノエルは『邪教徒』を警戒する様子もない。オルティが威嚇するように立ちはだかる。


「話す事はない、立ち去れ」

「そういうワケにもいかない。ロベリア、今少し時間いいかな?」

「ふぉあっ!?」


 直球で名を呼ばれて、ロベリアとオルティが同時に飛び跳ねた。


「ひ、人違いだ」

「人違いだって? そんなはずはない。討伐隊から『呪術を使う邪教徒が現れた』と報告を受け見に来たが……今のは呪術じゃなく、魔法だろう?」

「違うな」

「そんな魔法が扱えるのは、この世にロベリアしかいない。……ロベリア、どうして儀式で魔法が使えないと嘘をついた? 増幅がなくても、君なら魔法が使えるはずだ」

「ちが……」

「君は、天使が来る前から魔法を使っていた。聖女は君なのに、どうして」

「……違わねえよ! くっそ、バレてんじゃねえか!」


 オルティの叫びは、今日も山彦となって雪山にこだました。



 教会の前に捨てられていた孤児のロベリアは、聖女候補の可能性があるとしてマゴレン家に保護された。

 父親となった学者アルフィは、ノエル王子の家庭教師でもあり、ノエルは頻繁にマゴレン家を訪れていた。



 逃げきれないと察したオルティは、渋々ノエルを山小屋へ連行した。温かいココアを一気に飲み干して、ノエルを睨みつける。


「王子は、何故ロアが魔法を使えると? ロアは他言したことが無いはずです」

「……小さい頃、よく勉強の合間にマゴレン家の庭で休憩をしていたんだ。そこを、賊に狙われた事があってね。その時、ロベリアが魔法で助けてくれた」


 ノエルがロベリアを見たのは、それが最初で最後だった。

 賊に襲われて足が竦むノエルの前に立ち、堂々と炎魔法で賊を撃退した幼いロベリアの勇姿が、今でも脳裏に焼き付いている。


「ロベリアは、身を挺してボクを助けてくれた。……あの時はありがとう、ロベリア」

「覚えてない」


 爽やかな王子スマイルを、ロベリアがさらりと流す。


「よし、覚えてないらしいぞ。帰れ」


 だが、ノエルは怯まなかった。


「あれ以来、マゴレン家でロベリアを見かける事はなかった。もしかして君は虐げられ、閉じ込められていたんじゃないか? ……ずっと心配していたんだ」


 実際の所、ロベリアは部屋に引き籠って古代文字をひたすら解読していた。そうとも知らず、ノエルが優しく目を細めて、ロベリアに手を差し伸べる。


「聖女はボクの大事な婚約者。だから、この先はボクがロベリアを守るよ。さあ、一緒に帰ろう」

「やだ。聖女じゃない」


「おい、相手にされてないぞ。帰れ」


 これまで王子スマイルに落ちない令嬢はいなかった。最上級のスマイルを浮かべ、ノエルが微笑みかける。


「ロベリア、寂しい事を言わないで。ボクの事が嫌い?」

「……嫌いじゃ、ない」

「ああ、よかった。それなら――」

「違う。好きでもない。まず知らない。おまえ誰」

「……ぐっ」


 そもそもロベリアに、ノエルを助けた記憶はない。心が折れかけたノエルに、オルティが追い打ちをかける。


「王子。聖女はクリビナ嬢と決まったはずです。つまり、ロアは聖女でも婚約者でもない。ただの他人です」

「い、いや。聖女はどう考えても……」

「神聖な『見極めの儀』にやり直しはありません。ロアは僕が守りますので、ご安心を」


 稀に国政として、聖女を王族が迎え入れる事はある。だが今回は、事前にロベリアが聖女と知ったノエルが、ロベリアを手に入れる為に仕組んだ話。

 それを悟り、オルティが薄ら笑いを浮かべる。


「本来、聖女候補と天使は番となる定め。王族とはいえ、邪魔をされては困りますね」

「邪魔はお前だ! 聖女は……ロベリアは、ボクの婚約者だ!」

「いえいえ。あなたの婚約者は、聖女クリビナです」


 二人が言い合いを始める中、ロベリアが机をバンと叩いた。


「だっ、黙れ、愚か者ども! 吾輩はロアでも聖女でもない、暗黒神教が第二の司教、ボイラーレである! 女神の手先と吾輩を一緒にするでない!」

「ロアァア! 人前でそれはやめろぉお!」


 悶絶するオルティを横目に、ロベリアは大袈裟に頭を振った。


「そうもいかぬ。何故か今日は、腕に巣くう黒竜が妙に疼くのだ。……ああ、黒竜が真の力に目覚ようとしておる!」

「やめろ! こんな時にボイラーレをパワーアップさせんじゃねえ!」

「はあっ、はあっ、……鎮まれ、黒竜よ! ――説明しよう。吾輩の体には、シキミ様の影が住んでおられるのだ」

「聞いてねえよ! っつーか、妙なモノを住まわせんな!」


 暴れる黒竜を抑え込もうと自らの腕を掴むロベリアを、ノエルは呆然と見つめていた。


「ロ、ロベリア……?」

「ああもう、最悪だ。……王子、今見た事は忘れてくれ。ロアも一旦落ち着け」

「これが落ち着けるものか! 何やら、吾輩の古き記憶が甦ろうとしておる……蠢く黒竜が、記憶を呼び起こせと煩いのだ……はっ」


 ロベリアがふとノエルを覗き込む。青褪めたノエルが、思わず仰け反った。


「ま、まさか……ロベリア、君は」

「黒竜よ、何なのだ……吾輩は、何を忘れておる……」

「だ、だめだ。思い出しては……」

「お前は、ノエルといったな……ノエル? ……あっ」

「や、や、やめ……」


「あーっ、思い出した、ノエル! 腕に邪竜が住んでる人だ!」

「うぁあああ、や、やめてくれぇえっ!」


 オルティではなく、今度はノエルが頭を抱えて悶絶した。


「んんん……どういう事だ。ロア、王子を知ってんのか?」

「うん、見たことあった」


 ロベリアが、胸の支えが取れたようにスッキリと目を輝かせる。

 小さい頃、ロベリアも古代文字解読に煮詰まると庭で息抜きをしていた。


「いつも庭で、暴れる邪竜と戦ってた人」

「や、やめ、そんな、ロベリア……あの日以外も、庭にいたと!?」

「よくいた。何度も見た。……あっ、邪竜が出て来て、一回だけ魔法使った!」


 ノエルが賊に襲われた時、幼いロベリアには、全く状況が理解できていなかった。ノエルの腕から邪竜が出たと勘違いをして、嬉々として倒したのが偶然にも賊だった。


「ノエル。いつもの『くそっ、蠢く竜め……我が命を喰らい鎮まるがいい』って倒れる格好いいやつ、近くで見たい。ここでやって」

「うわぁあっ! ロベリア、口真似とかしないで!?」


 マゴレン家の庭で、ノエルは溜め込んだストレスを発散するため、妄想上であらゆる敵と戦っていた。当時の奇行を思い出すだけで、精神が擦り減っていく。


「そうだ、思い出した。ノエルのここ、『第三の目』開いた?」

「ぶっ」


 ロベリアが額を指し、耐え切れなくなったノエルが吐血をした。

 ノエルを仲間と判定したオルティが、そっと肩に触れる。


「王子、生きてるか?」

「……も、もう、ボクは終わりだ。死んでしまう」

「大丈夫だ。俺は心が広いから、お前の奇行は黙ってやる。……その代わり、今すぐ討伐隊を解散させて来い」

「討伐隊を?」

「そうだ。ここには、邪教徒も何もいなかった。……そうでないと、次の討伐隊の前で、こいつの第三の目が開くぞ。いいのか?」

「い、いいはずがない!」


 ノエルが山小屋を跳び出し、再び雪山には平穏が訪れた。

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