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2.ぶらっく天使

 天使は対となる聖女候補から、一定以上離れられない。

 ロベリアが聖女だったと伝えるためにオルティが教会へ戻ろうとすると、ロベリアは『空間の狭間』に籠城を決めた。


「ロア、諦めてください。一緒に教会に戻りましょう」

「やだ。それなら一生外にでない」

「我が儘を言わないでください。そもそも、聖女の何が不満なんですか?」


 空間の切れ目から、ロベリアがひょこりと顔を出す。


「吾輩は、暗黒神シキミ様の忠実なる下僕だ。女神ヒイラギの犬にはならぬ」

「出たな謎キャラめ。……その暗黒神とやらは、女神と敵対でもしているんですか?」

「そうだ。故に、聖女も敵である」

「なるほど。……暗黒神と敵対する聖女にはなれない、という事ですね」

「その通りだ。理解できたか」


 オルティがロベリアの隙をついて、両頬をガシリと掴む。


「そんな暗黒神、この世に存在しねえだろうが!」


 オルティの叫びは、山彦となって雪山に響き渡った。



 オルティは、女神によって最初に創られた第一天使。

 世界が創造された頃から女神と共にあるが、これまでに暗黒神が存在した事実はない。


 ……と懇々と説明した所、不貞腐れたロベリアは再び狭間に引き籠った。


「……ロア。機嫌を直してください」

「直らない。オル、天界に帰ればいい」

「嫌ですよ。帰れば、ロアとの対が外れてしまいます。こんな危ない所に、ロアを残して帰れません」

「オル、過保護すぎ」

「はい、僕は過保護ですよ。もう何もしないので、そろそろ出て来てください」

「……教会に連れてかない?」

「ええ。どうせまた狭間に隠れるのは分かっています」


 ロベリアが顔を覗かせると、オルティが抱えるように体を引きずり出した。そのロベリアの手には古びた書物が握りしめられている。


「……何ですか、その本。相当古そうですね」

「マゴレン家の図書室で見つけた。これが、暗黒神様の聖書」

「暗黒神の? ……どうせ作り話の偽物でしょう」

「ちがう本物。強い魔法で守られてる」


 ロベリアを養子に迎え入れたマゴレン家は優秀な学者家系で、図書室の質は国営図書館に等しい。


「確かに魔力は滲み出ていますね。マゴレン家所有となると特殊な書物でしょうが、暗黒神など……え」


 書物を捲ったオルティの手が、ピタリと止まる。


「ちょ、この見覚えのある字……」


 慌ててパラパラと捲り、改めて表紙を見る。そこには、古代文字で『ヒイラギの子育て日記』とあった。


「……ロ、ロア。まさか、古代文字が読めるんですか?」

「少しだけ。シキミ様のために習得した」

「な、内容、理解できました?」

「半分くらい」


 中途半端に読んだ結果、ロベリアはこれが暗黒神の書だと理解した。

 実際この書物には、世界が創造された頃の「とある記録」が記されていた。



 ――我が創った可愛い天使は、闇に落ちた。

 第一天使は堕天使トリュと名乗り、漆黒の闇より生まれし暗黒神を救うべく、無謀にも単騎で我に戦いを挑む。


 執拗で壮絶な戦いの末、我に敗北したトリュは、改心して再び我が元に戻ってきた――。



「こ、これ、まさか……いえ、そんなはずは……」


 オルティの全身から嫌な汗が止まらない。最後のページまで捲ると、疑惑を確信に変える、悪夢のような一文が目に飛び込んだ。


『反抗期に入った第一天使が尖りすぎてウザかったので、この書に残します。大きくなって読んでみなよ、オルティ。きっと恥ずかしいよ。女神ヒイラギより』


 オルティはそっと本を閉じ、吐血をした。


 書物には、妄想で練り上げた暗黒神を崇拝し、ステキネームを名乗って母とも言える女神に楯突いた、オルティ史上最強の黒歴史が語られていた。

 それはもう、成長した今となっては目も当てられない反抗期。言われてみれば、ロベリア演じる謎キャラは、当時のオルティキャラそのものだった。


「ロア、い、いけません。……これは危険な書物です。すぐ燃やしましょう」

「むり。保護魔法がかかってる」


 オルティが成長しても本が朽ちないよう、女神は全力で保護魔法をかけていた。


「ぐはは、吾輩には分かる。この強い魔力は、暗黒神様が復活される兆しなのだ」

「うわぁあーあーあーあーっ!」


 ロベリアの奇行と過去の自分が重なって、悶えが止まらない。オルティが震える手でロベリアの肩を掴む。


「ロ、ロア。聞いてください。僕は古代文字が読めるから分かります。この書物は虚構、暗黒神なんて存在ないのです」

「え。でも、この堕天使トリュって、オルだよね?」

「ぶっ」


 気づかれていないと信じたかったのに、ロベリアはトリュの正体に気づいていた。

 オルティがもう一度盛大に吐血した。


「な、何故、ロアがそれを……」

「だって、さっきオルが自分のこと、何度も第一天使って言った」

「ぐぁああっ! くっそ、俺の馬鹿やろうがあ!」


 オルティが頭を抱えて悶絶する。


「でも『トリュ』は『オルティ』のアナグラムだし、そうかなって思ってた。『ボイラーレ』も『ロベリア』のアナグラム。真似した」

「ボイラーレってそれかぁあああーあーっ、消えてくれ俺の記憶! 消滅しろ!」


 あの頃は、それが一番格好いいと思っていた。記憶を抹消しようと耳を塞いで絶叫するオルティの肩を、目を輝かせたロベリアが揺さぶった。


「オル、オル。ね、聞いて」

「……ぐっ、何だ」

「シキミ様の本当の姿は、地から生まれた黒い竜だったんだよ。今は女神との闘いに負けて、魂だけになっているけど……未だに、世界を破滅へ導こうとしてるの。無こそ正しい姿で、形ある物は全て壊れるべき。いつか、わたしの体をシキミ様に捧げて、世界を破滅に導いてみせる」

「お前、本当はそんな早口で喋れるのか……いや、そもそも『シキミサマ』って誰だよ」

「トリュの暗黒神。呼びにくいから、名前つけてあげた」

「う、うわああっ! お、俺の薄っぺらい暗黒神に、名前つけて重い設定背負わせんじゃねえぇえ!」


 オルティの吐血は三度床を汚した。


◇ ◇ ◇


 吹雪の中、オルティがロベリアの魔力を増幅させる。


「……ほんとに、いい?」

「はい、今すぐ人払いの結界を張ってください」

「教会、戻らなくてもいい?」

「絶対に、二度と戻しません」


 ロベリアが発言する度に黒歴史が抉られる。これを誰かに聞かれようものなら、オルティの精神が持ちそうもない。

 ロベリアが嬉しそうにマントを翻し、片手を天に掲げる。


「深き眠りの底より甦れ、暗黒の地より導かれし黒き竜。今我の力となりて――」

「ロアロアロア、待て、ストップ! 何だ、その詠唱!?」

「魔法発動には、詠唱あった方が絶対かっこいい。……我の声に応え、この地に漆黒の祝福を――」


 ロベリアから魔力が放たれ、小屋を中心に結界が広がっていく。やがて結界は黒雲を生み、渦を巻いた雲は黒竜の姿を形成して天を昇る――


「うわぁぁあっ!? 人目に付かないための結界が、人目惹きまくってどうすんだ!」

「ぐはは、この溢れ出る魔力! シキミ様のすばらしさを、愚民共に見せつけてやろうではないか」

「必要ない、俺の魔力でトランスすんな! 馬鹿ロア、すぐにシキミ竜を消せ! 俺の黒歴史を具現化すんじゃねえ!」

「……ぶー。恰好いいのに」


 空からシキミ竜が消えると、「いっそ俺の記憶も消してくれ」とオルティは泣いた。

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