8.思想の違い
「フーガは、“礼魔教”という名前に聞き覚えはありませんか?」
ロインが、少し遠慮がちに言ったその単語。ウィル大陸東方を旅していた時に、聞いたことがあるかもしれないが…。
「礼魔教、ですか。何だか、魔物を祀っているような感じの名前ですね…。」
スバルが、何となく言う。それに、ロインは「概ね合っています」と返した。
「拝光教など、昔からウィル大陸に存在する宗教の倫理観というのは、ある共通点がありました。」
ギルドの図書室から、いつの間にか持ち出した本を手に取り、見せる。タイトルは、『宗教から読み解く大陸史』。分厚い本だ。
「この本は、大陸史を研究している人なら、誰もが知っているくらいに有名ですね。」
「あ、私も読んだことがあります! 独特な視点から書かれているんですけど、誰でも分かりやすい文体で書かれていて、新しく歴史を学ぶにはピッタリなんですよ。」
ミヨが、そう本のうんちくを語る。冒険者ギルドに未経験者が就職する際は、実技試験免除の代わりに、筆記試験を課される。その筆記試験に大陸史が必須となっているから、それを突破するために読んだのだろう。
「…そして、この大陸在来宗教観のページを見てください。」
パラパラと、めくっていく。目的の箇所はすぐに見つかった。
「拝光教……一項目だけで、三ページも使うのか。確かに、普通の歴史書とは違うようだな。」
「さてさて……それでは、知っている人もいるかもしれませんが、改めて振り返っていきましょうか。――宗教史について。」
ロインがいつの間にかホワイトボードを準備していた。やけに自信満々だと思ったら、全部準備していたのか。
「…フレイア、大丈夫か?」
「………あ、え、はい! だ、ダイジョウブです。」
隣で、少し震えていたフレイアも、今はだいぶ落ち着いたようだ。逆に、急に声をかけて驚かせてしまった。
「わたしも、ロインおじさんのお話を聞きたいです。…聞けば、何かを思い出すかもしれないですし…。」
あの時の、怯えたフレイアの目を思い出す。それと比べたら、今は全然違う。彼女にも、いくらか自信が戻ったのか。ここは、意見を尊重してあげるとしよう。
◇
ウィル大陸に古くからある神話のどれもが、ある一節から始まっています。
“名もなき地に、柱となりし神が降り立った。”
ただし、その神というのが、各宗教で異なっているわけです。例えば、拝光教であれば、光の女神オルスタル。スバル君とミヨさん出身のサティナ王国の暫定国教、拝水教であれば、水の女神アクラス。他にも、様々な宗教がありますが、どれも各地で古くから信仰されている地母神を祀っているケースが殆ど……というか、全部がそうですかね。特に、ウィル大陸西部で一番勢力が大きいのが、拝光教でしょうか。実は、これら各在来宗教と呼ばれているものたちは、かつては一つの大きな信仰母体だったのです。
それが、ウィル大陸各地に存在すると言われている、神の御使い精霊を信仰の依代とし、それらに感謝を捧げる、“拝霊教”でした。
そして年月を経て、各地で主神とされる神々が分けられていったので、どんどん分裂していったのです。それを、今の状態と考えて下さい。
そう考えると、ウィル大陸に古くから存在する宗教の、共通点が見えてくると思います。
それが、かつて“拝霊教”であった、ということです。
ですが、“礼魔教”というのは、これには全く当てはまらない、別枠の信仰の考えでした。
それもその筈。“拝霊教”が大陸西部で発展した考えであるのに対し、“礼魔教”は、大陸東方で発展した文化だからです。
◇
「一つ押さえておきたいのが、この大陸史は、どれも大陸西部で発達した考えを基にした、大陸西部中心の歴史だということです。」
長年大陸の中心に存在する魔法迷宮“古代の森”によって、東西の交流は全くと言っていいほどなかった。その転換点となったのが、俺たち冒険者がようやく活躍し始めた頃と考えると、つい最近までウィル大陸は、半分に分かれていたのだ。だから、俺たちの学問も、考えも、基準も、全てが大陸西部の文化を基にしたものになるのは、当然のこと。だから、交流が始まり、考えに軋轢が生じるのも、また至極自然なことだ。つまりだ。
「“礼魔教”は、俺たちからしたら、全くもって理解しがたい、そういう宗教観があると言いたいんだろう?」
「ご名答。流石ですね。」
ロインが、わざとらしく拍手する。それにわざとのっかり、笑みを見せつけてやった。
「そして、その宗教観というのが………魔物の崇拝でした。」
スバルたちは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
魔物の崇拝など、大陸西部では絶対にありえない。俺たち冒険者であっても、魔物は駆除すべき存在として認識されている。多文化共生であるここアスタル王国に於いても、そんなことを言い出す酔狂なヤツはいない。
「…で、でも、ウィル大陸の東側で生活しているのって……。」
「勿論、魔物じゃありません。」
「じゃあ、住民たちが魔物の被害に合わないとか?」
「いえ。普通に襲われます。」
スバルとミヨが、それぞれ質問するが、ロインはその疑問をことごとく打ち捨てる。ミヨとスバルは、疑問符が浮かんだまま消えないようだった。フレイアもまた、考えていた。
「…でも、何でそんな考え方が、根付いているんでしょうか?」
ミヨの疑問に、ロインは黙ったまま、窓辺へと歩く。そして空を見たまま、話を続ける。
「…それはですね。東方宗教“礼魔教”の主神が、魔神だからです。」
「「…………!?」」
魔神、というワードに、二人は言葉を失う。フレイアもまた、何かを思い出しかけているのか、震える腕を必死に抑えていた。
魔神……魔神か。懐かしい響きだ。




