8.矜持
“遠隔観察”の光を閉じる。
「よくやってくれたな……帰ってきたら……。」
机に突っ伏し、思わずそう呟く。ずっと気がかりだった。フラットは強がって、自分の本心を隠してしまう癖がある。だから、商人であるクラムが疑い、協力を断るかもしれない……そう心配していたが、杞憂に終わったようだ。
……さて。
「……いつ帰ってきてもいいように、準備しておくか。」
そう呟きつつも、自分の中にある暗い何かが、ずっと引っかかっていた。
◇
あれから三日。
僕はクラムさんに許可をもらって、体力と魔力が完全に復活するまで、一部屋を借りて休ませてもらっていた。その間、商会長であるクラムさんのお仕事を見学させてもらっていた。
一流の商人はやはり違う。仕事は効率よく、かつ早く、より正確にこなす。ぽわーんとした話し方からは想像できないほどのすごい人だ。それでいて、剣の腕もある。
……クラムさんに言われたことがよみがえる。
『“失敗”を幾重にもかさねて、僕はここに立っている。』
……やっぱり僕は……。
――翌日。
クラムさんと話をしながら荷物をまとめていると。
「おおーっ、フラット、ここにいましたかー(棒)」
ニコニコとした笑顔でズカズカと入ってくる人が一人。
「………ロインさん。」
ずいぶんさわやかな顔をしている。
「いやー探しましたよ(棒) どこにいるのかと思っていたらまさかここでしたかー(棒)」
「………。」
白々しい演技。聞いていても恥ずかしくなるくらいの棒読み。
いろいろなことを述べているが、僕はクラムさんにすべてを聞いた。
……クラムさんの気が難しいことをわかって、隠れていたこと、とか。
それをわかって僕は、満面の笑みで返答する。
「ぼくも探しましたよー、まさか帝都の高級酒場で隠れていたなんてことはないですよねー。」
「ギクッ。」
ロインさんの額に冷や汗が出ている。ロインさんが目線をクラムさんにずらす。
『お前の行動がばれないと思っていたのか。あそこはアテレーゼ商会の酒場だ。用心しろ。』
そう目が語っている。
……僕は深呼吸をする。
「クラムさん……貴族様を殴ったら、刑罰に問われますよね?」
「いーや、ここは帝国領。アスタル王国の貴族に帝国法は効かないよ。」
クラムさんは、満面の笑みで返答する。それを聞いて、ロインさんは急に慌てだす。
「ちょーっと待ってください、いったん落ち着きましょう。ね、話せばわかります。そ、それに“遠隔観察”だって!!」
「あー、それならもうないよ。とっくのとうに消えてるさ。」
「へ……??」
腑抜けた声を出す。キティプワールが何なのかは僕には分からないけど……。
チャンスなのは、僕にもわかる。指をポキポキと鳴らしてじりじりと寄っていく。
「さーてと。」
「ちょっ待てよ……だめですって……っ!!」
クラムさんがなにかを懐から取り出し、ロインさんめがけて投げる。それの力なのか、動けなくなってしまった。
「クラム……! 私の味方じゃないんですか!?」
「僕、そんなこといつ言った? ……さて、フラット。やっちゃえ☆」
「ああ……嘘ですよね………もっと優しく………」
ああああああああああ!
叫び声が、防音の壁を突き破って、外まで響いていたそうです。(使用人談)
◇
帰りはクラムさんが馬車を用意してくれたので、お言葉に甘えて乗せてもらうことにした。商会の荷物運搬用らしいけど、元々人を乗せていた中古のものを改造してつくったらしいので、椅子もついており、快適だった。出発したのは朝だったが、道のりの半分にさしかかったころに日が暮れてきた。野宿をする必要もなく、御者さんも交代交代で運転してくれたので、安心して眠ることができた。
翌朝目が覚めると、砂漠を抜けて緑が多くなってきた。そして、木でできた大きな門が見えた。
ユンクレア、ユーグ村の玄関だ。
行きは三日もかかったアスタル中央街道の道のり。それを、たったの一日で戻ってきた。
クラムさんに感謝しないと。
ユーグ村に着いたので馬車を降り、御者さんに手間賃を渡す。お礼を言うと、すると、すぐに引き返してしまった。
なんでも、次の仕事が明後日に控えているのだとか。大変だ。
「やっぱり、ユンクレアは空気が澄んでいますね。」
大きく背伸びをしながら、ロインさんがそう言う。
「そうですね。」
ユーグ村を囲む森、その木々のてっぺんで、小鳥がさえずっていた。
荷物を抱え、ユーグ村の中心部分へと歩いていく。
一週間ぶりだけど、ものすごく久しぶりに帰ってきた、そんな変な感じがした。
「……おーい!!」
「……おかえりなさーい!」
遠くで手を振っている人が二人。あれは……。
「…スバルさーん、ミヨさーん、ただいま戻りましたー!!」
僕も大きく手を振り返した。
……もう一人、奥に影が。
腕組みをして立っていた。
僕はみんなの方へと駆け寄る。
スバルさんとミヨさんは、とびっきりの笑顔で出迎えてくれた……が。
「……………。」
奥にいた……フーガさんは、黙ったままだった。
……僕があまりのも帰ってくるのが遅かったから、怒っているのだろうか。
……あまりにも見つけるのがうまくいかなかったから、失望したのだろうか。
恐る恐る、フーガさんの顔を見上げる。
「………!!」
その顔は、あの時の僕と同じ。
いろいろな感情がぐちゃぐちゃになった、顔だった。
◇
…俺は、フラットに合わせる顔がない。
…俺は、フラットにかける言葉が見つからない。
…笑顔で、「よくやった」?
…心配な顔で、「大丈夫か」?
…違う。
俺は、ギルドに入って間もないヤツに、とんでもない仕事を押し付けてしまった。
いくら人手不足とはいえ、重要な、しかも本来なら俺が出向かなければいけないところを、フラットに仕事を頼んだのだ。
“遠隔観察”で全て見ていた。俺がいないせいで、あいつはものすごく屈辱的なことを言われた。それなのに、フラットはそれをはねのけ、仕事を成功させた。
俺は……支部長失格だ。
ミヨやスバルたちとやったときのように、うまくいくだろう。
そういう楽観的な考えがどこかにあった。
そのせいで、フラットはケガを負った。
…仲間を、傷つけてしまった。
俺は、フラットをぎゅっと抱きしめる。
「……すまなかった。本当に、すまなかった。」
声をかける。
きっと、正解ではないであろう言葉で。
だけど、フラットも俺をぎゅっと抱きしめ返した。
「ごめんなさい……僕も、自分のことをちゃんと考えられていませんでした。」
ぽろぽろと、涙をこぼす。
「支部長は、僕の持つ力に気付いてほしくて、いろいろと手をまわしてくれていたんですよね。クラムさんが、言ってましたよ。」
あいつ……そんなことを。
「今回の仕事で、僕も決意を固めました。僕もユンクレア支部の一員として、冒険者を支えていきたい。ミヨさんや、スバルさんと。そして……支部長と。」
俺から離れ、満面の笑みを俺に向ける。
「だから、僕も頑張ります。冒険者のために!」
「そうか…。」
スバルやミヨも、近づく。
「そうですよ、支部長。僕たち、支部長のおかげで、仕事が、冒険者のために頑張るのが楽しいって思えるようになったんです。」
「それに、支部長の判断に誤りなんてないですよ。フラットくん、たくましくなって戻ってきたじゃないですか。」
腰に手を当て、エッヘンとやって見せる。
「お前ら……。」
そうだ、フーガ。お前が弱気になってどうする。支部を立て直すと大口をたたいたのはお前だ。
パンッと頬を叩き、気合いを入れる。
「……よし。ユンクレア支部を立て直すために頑張るぞ!!」
「「「おーっ!!!」」」
その声は、俺たちよりもさらに大きく、こだました。
さて、次回から新たな仲間が加わって再スタート!
さらに絆を深めた彼らに立ちはだかる壁は一体何か…?
お楽しみに!
―――――おまけ――――
「あの……私のこと、忘れてませんよね…?」
ロインは、蚊帳の外だった。




