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凪の始まり  作者: 樹本 茂
8月 リリィさんと海(前編)
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28 墓参り2

俺が、空になったバケツを持ちながら、墓地から出ようと、墓地の外へ繋がる階段の方に向かって歩くと、大き目の声で言い争っているのかな?女の人の声が聞こえてきたので俺は何気なくその方を見てみた。それは俺が歩いて向かっている階段の近くで、そのすぐのお墓で、女の人二人が激しく言い争っていた。


リリィさんとリリィさんのお母さんがお墓の前で言い争っていた。


俺は、二人の様子から、声を掛けていいかどうか二の足を踏んでいた。二人はお墓の前でロシア語で全く内容のわからない何かについて、言い争っている……のかさえ分からないが、表情から、普通ではない何かを感じ取った。


それは、リリィさんのお母さんが一方的に何かをまくし立てているように見えて、それをリリィさんが必死になだめているように思えてきた。リリィさんのお母さんのあまりの剣幕に次第に人が、……野次馬が……集まり始めていた。


「リ、リリィさん……」


悪いとは思ったが、リリィさんの困ったような表情から、俺は無視できずにお母さんを抱きしめる彼女の背中越しに声を掛けた。抱きしめているお母さんは、リリィさんと同じくらいの背格好で、リリィさんよりは外国風の、ロシア風の顔の造りで、肌の色は白くて、髪の色はリリィさんと同じ栗色のロングヘアーで……


お母さんを抱きしめていたリリィさんは俺の声に気が付いたのだろう、少しずつ後ろを、野次馬の顔を一人一人確かめるようにゆっくりと振り返り、丁度、真後ろにいた俺に気が付くと、


「いやー! 見ないで!!」


俺と気付いたその瞬間に大粒の涙を流して、顔を大きく歪めて、俺に悲鳴交じりの嗚咽を漏らして、必死に訴えて……懇願して……きた。


その訴えは、俺以外の野次馬には効果があった、周囲で薄ら笑って、何か珍しい物でも見る様な目線を送り、リリィさん達を見ていた野次馬を消し去るには十分だった。


でも、……ても、俺は……できなかった。こんなにも、うろたえて、俺の目を見ながら大粒の涙を流している俺の幼い大切な友人を置いていく事は出来るはずなど……できなかった。


「リリィさん、どうした? 困っているなら---」


一歩前に歩み寄り、大粒の涙を流して俺を見据えるリリィさんに話しかけた途端、


「お願いだからー!!」


お母さんと立ち位置を変えて、背中に隠すように俺に向かうと、拳を握って俯いて、全身で、俺に拒絶を表し、何か訴えるようにロシア語で虚空と話すお母さんの手を取り、墓地の階段に向かって歩き出し……逃げるように……いなくなった。


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