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凪の始まり  作者: 樹本 茂
2015年8月 凪の始まり(後編)
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32 2022年11月 1

あっという間だった。この街は原発の事故から逃げてきた人が流入したおかげで人口が増えて、街が活気づいている。学校の児童、生徒の数も増えた。やはり、人が増えるのは正義なのだろう。以前とは明らかに街の様子が変わっている。


そして、そこに住む人の生活も変わっていった。


時々、市内の教師の講習会で陽葵先生に会うことがある。彼女は相変わらずのお嬢様ぶりだが、結婚したらしい。陽葵先生は俺がリリィさんと結婚した事を誰かから聞いたらしく、おめでとうと言ったのと同時に事案になるわよといたずらっぽく笑っていた。


未海さんは、自分の夢だった幼稚園の先生になったのだが、採用されたのは微妙に資格の違う保育園の保母さんだった。

そして、ウチの娘の保母さんだ。


「リリィちゃんにそっくりね。アリサちゃんは。ミニリリちゃんね」


そんな事を言っている。


杜氏君は中学受験には失敗したが、その後、地元の中学でぐんぐん成績を上げて、県内屈指の進学校経由で東京の有名国立大学に現役で合格したのち、今も、博士課程で天文学者になる夢をかなえようと研究中だと陽葵先生から聞いた。


そして、


「お名前なんて~の?」


「アリーシャ」


「アリサな」


「アリサちゃん? ちょっと、リリィちゃんにそっくり、可愛いわね。ケンちゃん要素どこにもないんだけどアハハハハ!」


うるせぇよ。

雅さんは店長経由で本部に、経理部に今年から移動になった。


「ねえ? お店の割引券あげようか?」


「要らないですよ」


「何で、ミシンかよ。いつも同じ穴を針がチクチクとか。嫁一筋みたいなのつまんないじゃない。色々、具合が違うのよ。男なら試さないと。街で会ってもリリィちゃんには黙ってるから、安心して」


古くからのショッピングセンターはつぶれ、最近できた大手ショッピングモールで良く会う、この人。

声がでかい。


既に、この会話が周囲に駄々洩れなんだけど……

それにウチのリリィさんは勘が鋭いんです。


「郷田さんは?」


「郷田さんもいるよ。経理部に、で、なんと今年、経理本部長、役員よ」


「凄いな、郷田さん」


「そう、それで、銀行の営業が来た時に支店長連れて来いって凄んでた」


ああ、10倍返しやる気だな。


「そう言えば、キョートー戻ってきたヨ」


俺がクビになって辞めた後、しばらくして学校に戻ったキョートーは、その後、10年を経て昨年、学校での延長雇用も終わり、店に戻ってきたらしい。


「楽しそうにやってるよ。昔、来たばっかの頃の、人を小ばかにした感じとは大違いで、今は、楽しんでる。変わるんだね。人って」


ことりちゃんは震災後の急落に買い向かい第二次安倍政権の政策の波に乗り、一気に資産を増やし、早々にこの業界から足を洗った。そして、いまどこで何をしているのかまでは知らないが、彼女なら、心配ない。おそらくこの新型某騒動でも一儲けをしていることだろう。


千絵ちゃんも自分でやりたいことがあるとか言って、数年前に引退していた。絵師にでもなったかな。


美琴さんは、震災で亡くなったヒモの一件依頼、不安定になり、お店には出てこなくなって次第にフェードアウトしていった。


充希はいつの間にか辞めた。


「どこ行くの? これから」


「満島先生のお墓。十三回忌だからね」


「ああ、あの先生ね。あの人のおかげでケンちゃんは世界が変わったんだものね。いいご縁だったのね」


満島先生のお墓は街が見下ろせる高台のお寺の境内の裏手にあった。ここからは、太平洋と街と学校が見下ろせた。


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