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凪の始まり  作者: 樹本 茂
6月 追憶
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11 郷田さん2

 郷田さんは、二年前の夏の午後やって来た。


その日は、雷雨が激しかったと記憶している。


「ブルーオーシャンへようこそ!」


俺は自動ドアが開いた音で入り口で傘を畳む、がっしりとした背丈の高いスーツを着たラガーマンのような体躯の男に視線を向けていた。


その男は、


「本日よりお世話になる郷田と申します。よろしくお願いいたします」


俺の目をみて静かに低くはあるが通る声で挨拶し、一拍おくと深々とお辞儀をしていた。


「あ、ああ、オーナーから話は聞いています。それでは、事務所でお話しましょう。こちらにどうぞ」


今日から、新しい従業員を入れるからとオーナーから、ついさっき、電話が来ていた。ついさっきだ。


ウチの店の場合、キャスト以外はグループとして雇用し、適宜、俺のような立場の者が必要だと手を上げグループの総務から割り振られる仕組みになっていた。


それにしては、この郷田さんの面接に俺は立ち会っていなかった。


「佐藤店長、まずは自己紹介させてください」


その立派な体躯の男は俺が話す前に、ソファーに座るように促した後にそう切り出した。


「私は、オーナーの御誘いを受け、こちらにご厄介になる事になりました。誠心誠意励みますのでよろしくご鞭撻のほどお願いいたします」


そんなご立派な仕事じゃないよ。キャストのケツ叩いて働けって脅していれば良いだけなんだから。


「郷田さんは、前に何をされていたんですか?」


俺は目の前に佇む郷田さんから、あまり周囲には無い空気感のような物を感じ取っていた。


「はい、私は前職は銀行で主に中小企業の融資業務をしておりました」


まっすぐに俺を見据えて郷田さんは答える。


「銀行……員」


何で?

聞けば、地方銀行のこの辺りでは大手の銀行で。俺も知っている、そこそこの、そこいらの、大手地方スーパーやら、何やらも顧客にいたそうだが……


「随分なジョブチェンジですね」


俺が郷田さんの真剣な表情から少しばかり場を和ませようと、キャラに合わないワードを投げ込んでみた。


「はい、いかにも、そう取られても、仕方が無いと思いますが……」


座るソファから身を乗り出して、


「店長、私は銀行を追い出されたのです。融資の不正を暴いて……銀行はそのことを無かった事にしました。その代わりに、私が融資から外され、別室で延々コピー作業する業務に回されました。そのコピーはその後、何にも生かされない。17時を過ぎると上司がやってきて、その場でごみ箱に捨てられるのです。


私は、決して間違っていない。絶対に俺が悪いはずがないと、思い続けて、銀行に通い続けました。そんな時、街で以前から、付き合いのあったオーナーに声を掛けられ、こちらで、お世話になる事になったのです。


そして、私はあの銀行を許さない、絶対に。この店を、このグループを融資したくてたまらない店にします。そして、あいつらにあの銀行の奴らに俺の前で頭を下げさせる」


郷田さん……この店で10倍返しは辞めてくれ。


事務所の窓には稲光の閃光が時折見えていた。その閃光に照らし出される郷田さんの迷いのない俺を見据える視線は、今のセリフが決して、冗談でも何でもない事を俺に思い知らせるには十分だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 嵐の予感・・・?ですね。楽しみにしています<(_ _)>(*^-^*)
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