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凪の始まり  作者: 樹本 茂
6月 追憶
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10 郷田さん1

「郷田さん、今月はどうですか?」


俺は、もっぱら、昼間のシフトを、俺が小学生になった煽りを受けて、ほぼ昼専の郷田さんに、月末の、夕方に、この時間しか顔を合わせなくなった郷田さんと、今月の売り上げ集計について問うていた。


「はい、思いのほか、天候が良いせいもあると思うのですが、例年の六月に比べると伸びは良いと思います。特に、土日の伸びが顕著ですね。去年の二割増し、10年平均の1.5割増しです。これは、出稼ぎローラ作戦と開店時間を2時間早くした効果もありますし、レギュラーキャストの引っ張ってくるお馴染みさん効果も大きいと思います。それに、出稼ぎ新人効果をプラスされますので、売り上げが伸びない理由がむしろないと思っていますし、事実、そうなっています。今月には、間に合いませんが、しばらくすれば、ボーナスの出る企業もありますので、年間を通すとひょっとすると今年度はかなりいいかもしれませんね」


この業界も、景気の波は無関係ではいられない。ここのところ、景気のいい話は聞かれることが無くなって久しい。そんな中、じわりじわりと海外の景気が戻りつつあり、それにつられるように日本企業の短観も、関連する中小も下降線から、横ばい、となりつつあった。


そして、ウチのような業態も季節的に好不の景気観があって、これから、夏にかけて以外に伸び悩むことが多い。そんな中、その前段である、六月の状況が思いのほか、良いとなれば、嬉しくないはずがない。


俺の問い掛を、問う意味を、その上っ面だけでなく、必要十分且つ欲するであろう情報まで織り込んで説明する40代の恰幅のいい男は、郷田さんだ。この店に来てから2年になるが、俺はこの人の戦略と戦術に信頼を置いている。


郷田さんは、物静かに周囲を見渡し、集団から少し離れたところで、その集団を観察する。そして、その全体に何かあれば、すぐさま動き出してその何かを修正する。俺は、この恰幅の良い視線の鋭い男を牧羊犬だと思っている。常に羊の群れを見張り、外敵と羊の動向を、もれなく見渡して、羊飼いの命令には絶対の服従をする。


俺は、そんな郷田さんに俺のやりたい事をいろいろ話す。すると、郷田さんは、“では、このような方法は如何でしょうか”と提案をしてくる。そこで、俺は、俺達は更に議論を深め唯一の目的とする売り上げアップを目指すのだ。決して、気をてらったものでは無い。地道な一歩を歩むような確実を目指す郷田さんの作戦立案能力は、この場末の風俗店で使っていい様なものでは無かった。ウチの店ではオーバースペックなのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 郷田さん・・・気になる存在ですね。続きが楽しみです<(_ _)>(*^-^*)
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