37 別離13
「……お前、ちゃんと夢があるじゃねえかよ」
暫く、俺を見ていたオーナーが、はっきりした様子を見せなかった事に業を見やしたのか、テーブルの上に卒業アルバムを出してきた。
「……ちゃんとお前の夢が書いてあるだろう?」
ああ、そういう事か。
俺は卒業アルバムに去年の夏だったか、白紙で上げた後、満島先生に怒られたあと、夏休みを使って書いた俺の夢が載っている今年の卒業アルバムをオーナはどうやって手に入れたのかは知らないけど、それを読んでこの話をしてきていたのだ。
「満島先生ですか?」
満島先生ならやりそうだな。二人は知り合いだし。
俺はオーナを見て出所の一つでも聞いてやろうとそんな気になって聞いてみた。
「……死んだ人間には、こんなこたぁ、できねえよ」
じゃあ、誰なんだ?
少し、笑い顔を浮かべたオーナは、
「……健太郎……
お前の担任の先生、忘れちゃいねえか?」
陽葵先生……なのか。
「……わざわざな、これを持って俺んとこに来たよ。まったく、お前、俺の事どういう風に言ってたんだ?」
「………………」
俺はそれほど陽葵先生にオーナーの話をした覚えがなくて、何を言っていたのか思い出せずに記憶を一年分呼び起こしているのだが……
「……この文集にな、お前の夢が載っているだろう?
それでな、こういうんだよ。
『佐藤さんの夢を奪わないでください。どうかお願いします。彼を開放してください』
って……
なあ、俺は奴隷商人か何かか? おめえ、どんな風にあの嬢ちゃんにふれ回ってたんだ、言ってみろ!!」
目が笑ってる。
「……そんでな、
『借金ですか? どのくらいあるのですか? 私が肩代わりできる額ですか?』
だってよ。極悪非道じゃねえかよ」
陽葵先生……
「きっと、オーナーの強面でグルグル悪い方に行っちゃったんだと思いますよ」
「……俺のせいだってのか? この野郎!」
もうすでに、オーナーは吹き出す寸前だ。
あの、嬢ちゃん先生が? 温存兵器の、自分から能動的に動けるようなところの無かった、可愛いだけの担任、と、リリィさんに断じられていた陽葵先生が俺の為にこんな事をしてくれていたのか。
「……ちゃあんと説明しておいたぜ。納得して帰って行ったよ。
おめえはよ。ホントに良い人に巡り合ったな、この一年で。
ビビりながら、俺んとこに来て、お前のことを何とかしいたって……
手なんか、こんなに震えてたぜ……
なあ……
大したもんだ……
ありがてえなぁ……
……俺も思い切って出してよかったよ。子供ってのは、いつかは親とバイバイするもんなんだ。お前はホントの親と子供のうちにバイバイしちまったから、俺と別れるのが怖かったんだろうな。すっかりタイミングを逃したみたいに俺んとこにいたけど、それも終いだ。今日までだ。
いいか、健太郎、これからは、お前の道を行け。この一年でいろんな人に教わった事を無駄にするな。俺にギリだてる事は必要ねえよ。もう、十分だ。十分俺はお前から、お前の成長から親の喜びを味わった。後はお前の道を目指せ、な。
そこに書いてあるだろう、お前の将来の夢が。
……でもな、疲れたらいつでも来い。待ってるぞ。また、オレンジジュースでも出してやるから。
……そして、信じている、お前なら出来るさ。俺の息子だもんな」
俺はその年の、2011年の3月末日で職を失った。




