1 追憶1
六月にもなると、梅雨の走りでグズついた天気が多く、防波堤に行けていない。そう、あの美少女の待つ、いや、待っているかはわからないが防波堤の先端にだ。
そう言えば、この頃になると、六月くらいの梅雨のころになると昔の事を思い出す。
俺の父親は、さびれた商店街で小さな店をやっていた。しかし、既に、地方の商店街などに客は来なくなり、父親は店を閉めた。その父親、つまり祖父からの店を閉めた。つぶれたのだ。父親は知り合いのつてを頼り、すぐに仕事を見つけてきたので、食べるに困る様な事には、ならずに済んだ。それだけはありがたい事だと思った。
新しい仕事は、車で10分位の温泉ホテルの仕事だった。人付き合いのいい父親だった。すぐに職場にも慣れたようだった。
それから、1年が過ぎた頃、母さんが時折、一人で泣いている事を見かけることがあった。俺は、それを見ていたが、怖くて声を掛けれなかった。
母さんはいつも明るくて、俺に優しくて、俺は、当時、小学5年生だった俺は、そんな母さんが大好きだった。
そんな母さんが人知れず泣いていた。毎日、毎晩。俺が寝ようと布団に入ると、隣の部屋で、襖一枚のその隔たりは、母さんの時折、聞こえてくる嗚咽を漏らさないとする声が、俺にはたまらなく怖かった。そして、それは、まだまだ、子供だった俺には、この世の終わりがやって来たのと同じだった。




